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第六章 甦る危機……マジすかこれ、ちょマジなんすか!?


 さて、旅は順調に進み、いよいよ明日はベルクガンズに到着と言う日のことでした。

 あのオモーチィ事件以来、レミリアさんはアリスちゃんの作った料理には決して手をつけようとせず、甚だ不本意ながら、という態度で私の作ったスープや焼き物を口にされておりました。

 私、このオモーチィ、けっこう気に入っちゃったんですけどねえ。

 日もとっぷりと更け、ブルーさんはエリザベスさんと交代で火の番を買って出ました。レミリアさんは簡易テントで、私とアリスちゃんは馬車の中で休むことになります。私は別に簡易テントでも十分満足なのですが、エリザベスさんとブルーさんが「勇者を外で寝かせるわけにはいかない」と強く言うのです。

 それほどの旅程ではなかったのですが、あまりまだよく知らない人たちとの旅と言うことで疲れもたまっていたのでしょう。私はすぐに深い眠りに落ちていきました。

 そして───夢を見ました。


「…………アントニオ、さま……?」

 そこは小高い丘の上。

 気持ちのいい風が吹きそよぐ草原に佇むのは、がっしりと体格のいい黒髪の青年。

 焔迸る豪炎の槍を自在に振るう勇者、アントニオ・ベルクガンズ。それがその人の名前。

「アントニオさま!」

 私の脳裏に、あの舞踏会の出来事が一瞬で思い出されました。

 豪快にして大胆、それでいて繊細なリード、大柄な青年の幅広な背中の感触が甦って来て、頬が熱くなるのを感じました。

 ゆっくりと振り向いた彼の横顔には温かな笑みが浮かんでいて、胸の奥がほんのりします。

「よう、マリア嬢ちゃん。久しぶりだな」

「アントニオさま、お体はよろしいのですか? その、精霊の力が、あの、えっと」

「がっははは! なんだ、俺のこと心配してくれてたのか、嬢ちゃん」

「あ、あたりまえです! 私は……わたしのせいで、みなさんがこんなことになったのではないかと……」

 なんだか気持ちが胸に詰まって、それ以上言葉が出てきません。

 するとアントニオさまは私の肩をそっと抱きしめて下さいました。

 えっ、これ夢ですよね? でもその大きくて広い手の平のぬくもりが伝わってくるようで、私は安心してアントニオさまに身を委ねたのでした……


「マリアどの───」

「ひゅげっ!?」

 突然耳元で囁かれ、私は危うく馬車の屋根に頭をぶつけるところでした。

「アリーシャも起きろ、静かにな。声を上げるなよ」

「エリザベス……さん?」

 ハッと外を見るとまだ暗く、月明かりはあるものの夜明けには程遠そうです。でもブルーさんとエリザベスさんが交代で番をしている火が消えていて、辺りは静まり返っています。

 それに───なにか変です。

 森の奥、木立の空気に妙な緊張感があるのを私は感じました。

「気づいたようだな、マリアどの。おそらく我々は囲まれている、野盗の類だろう」

「野盗ッ!?」

 しっ、と私を制してから、エリザベスさんは馬車を降り、するするとブルーさんの元に近づきました。私もおっかなびっくり馬車を降ります。

「エ、エリザベスさん……」

「案ずるな、マリアどの。ブルー、敵の規模はどのくらいと見る?」

「10は下らないねえ~。けど、練度はそう高くない、連携がなっちゃいないからね。田舎周りのドサ野盗ってところだね」

 ちょ、二人ともなんだか余裕な感じですが、相手は行商人などを襲う山賊、野盗の一党なんですよ? 本当に大丈夫なんでしょうか……と思ってふと振りかえると、そこには長剣をすらりと抜いたレミリアさんがすっくと立って森の奥を睨みつけています。

「ばっ、なにをしておるかレミリア!」

 エリザベスさんの制止も間に合わず、レミリアさんは凛々しくも雄々しく、剣を高々と掲げてこう叫んだのです。

「おっ、愚かにも我らを包囲せんとする奴ばら、無辜の民の平穏を脅かさんとする悪党には、この正義の剣が鉄槌を下してくれようぞ! 我が剣の錆となりたき者からいざ尋常にかかって来るがよい!」


 あーあーあー。

 口上こそ勇ましいのですが、レミリアさんの声は完全に裏返っていて、緊張しまくりなのは誰の目にも明らかです。

 せっかく相手が身をひそめて、こちらも相手の出方を窺っている最中だと言うのに、こんな名乗りを上げてなんになると言うのでしょう。戦いにおいて素人の私にだって、そのくらいのことはわかります。けれど、灰色の髪の美少女騎士見習いは、野盗の集団に包囲されているという状況に、テンパっている様子でした。

「ええい、止むを得ん。ブルー、戦闘態勢だ!」

「ほいほい。レミリアちゃ~ん、キミは後方で待機しててね~」

 騎士が最もよく使う長剣、そして変則的な剣技で敵を翻弄するエリザベスさんの湾曲刀が月光に輝きます。

 勇者アカデミーの中でも一目置かれる剣の達人、エリザベスさん。そして近衛騎士団でも名うてのブルーさん、この二人ならそんじょそこらの山賊など取るに足らないでしょう。

「でも、私とアリスちゃんは……」

 アリスちゃんは自分で「剣の腕前はダメダメ」と言っていましたし、レミリアさんもあの通りです。

 そして私は……目を閉じて、両の手に意識を集中させました。大地の精霊の加護を受けた私の能力、聖宝具……大地の籠手「グランディール」。

 できるだろうか。

 いえ、アントニオさまたちが精霊の加護の弱体化に苦しんでおられる今こそ、私も力を尽くさなければいけない、その思いを両手に集中させます。

 そのとき。

「……くるぞ!」

 ざざっ、と森の中から幾つもの気配が現れ、ブルーさんとエリザベスさんが剣を構えました。


「ぎゃあああああああああ!」

「なっ、なんだこいつらああっ」

「ば、ばけもんだぁああああああああ!」

 えっ。

 えっ、えっ、なんすかこれ、なんなんすか。

 私たちを包囲していた野盗の集団、森の中に潜んでいたはずの盗賊集団が、悲鳴を上げて逃げ出し始めたのです。それはもう、さっきまで気配を殺していたとは思えないほどの慌てふためきようで、エリザベスさんもあっけに取られています。

「な、なんなんだ。何が起こって……むっ!」

 野盗相手ならまるで余裕だった赤毛の女騎士に緊張が走ります。

「こいつは……」

 ブルーさんも本気体勢で剣を構え、森の奥を睨みつけています。いったい何が起こっていると言うのでしょう。私はじりじりと後ずさりしながら、アリスちゃんの様子を伺いますが、ふわふわ茶髪の少女は馬車の扉にしがみついて「あうあう」と唇を震わせているばかりです。

 まあ、変に動かれるよりはその方がいいでしょう。

 それよりも問題は森の中です。私たちを今にも襲おうとしていた野盗たちが悲鳴を上げて、逃げ惑っています。彼らはいったい何に怯え、何から逃げ、何に襲われていると言うのでしょう。

 それは、すぐにわかりました。


「たっ、助けてくれぇえええええ」

 ざざっ、と木々の間から男が飛び出してきました。

 服はボロボロ、手には蛮刀を握っていますが、すぐにそれを取り落としてしまいます。

 へっぴり腰で這いつくばる男の背後から、のっそりと現れた「それ」に、私もエリザベスさんも息を飲みました。人型の、2メートル以上はあるでしょうか、大男です。

 いえ、それは明らかに人間ではありません。月光に映し出された肌は真っ青で、生気と言うものが感じられません。動きは緩慢でよろよろとしていますが、腰の抜けた男に近づくには十分なスピード。怪物は腕を伸ばすと、男の頭を掴み上げ、宙に吊り下げたのです。

「ぎひいいいい、やめ、助け……ぎあああああ」

 みしみし、と頭蓋骨が軋む音がして、男がいまにも怪物に頭を握りつぶされようとした、そのときです。

「テヤァアアアアアッッッッ!」

 ずっばぁああああああんんんんっっっ!

 夜の闇に銀光が走り、怪物の腕が吹き飛んでいました。

 エリザベスさんの居合抜きです。

「魔物……まものか! おい、とっとと逃げろこの悪党!」

 女騎士の一喝を受けて、野盗の男はへろへろへっぴり腰で逃げていきました。


「やれやれ、エリザベス嬢も甘いねえ。あんな小悪党たすけてもしょうがないよ?」

「目の前で魔物に殺されるのを捨て置くわけにもいくまい。だがなぜ魔物がここにいる? マリアどのと勇者王子たちが魔王の影を撃退して、魔物は出現しなくなったのでは?」

 しゃきんと剣を構えつつ、片腕を失った魔物と対峙する二人です。

 正直、私がレオンさまたちと共に戦った魔物軍団とは比較にならないチンケな怪物ですが、お二人にとっては初めて相対する魔物。しかも後ろにはろくな戦力にもならない私とアリスちゃん。それから……

「あの、レミリアさん。だ、大丈夫ですか?」

「まままままま魔物っ? 魔物、まままま魔物だろうがなんだろうが、わわわわたくしのこの華麗なけけけ剣」

 うん、駄目そうです。


 それにしてもエリザベスさんの言う通りです。なぜいま魔物がこの世界に現れたと言うのでしょう。

 もしや、勇者王子さまたちが次のステージに移行する前段階として弱体化していることに、関係しているのでしょうか……ともあれ、魔物は一体ではありません。逃げ惑う野盗たちを追いまわしながら、一体、また一体と森の奥から姿を現し始めていたのです。

「さて、僕も剣には多少の覚えがあるんだけどね。魔物相手に剣を振るったことはないんだよねえ、これが」

「わ、私とてそうだ。我が剣が魔のものに通じるかどうか……」

 日々の鍛錬や実戦で腕を磨いてきたブルーさんやエリザベスさんも、本物の魔物を前にするとやはり不安なようです。

「エリザベスさん、ブルーさん! 魔物と言うのはこの世界に無理矢理自分の体を同調させているそうです。だからダメージを与えてそのチューニングを乱してやれば、彼らはこの世界に留まることはできません!」

「マリアどの……うむ、そうか!」

「そんじゃ、心おきなくぶっ倒しましょうか!」

 じゃきん、と二人の騎士が勇ましく剣を構えなおしました。

 


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