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第二十章 焔精霊、怒りの第二ステージ!

ひじょ~に間が空いてしまい、申し訳ありません。

まあ理由はいろいろですが、ようやくラストに向けての大筋が見えてきました。

 

(どうして? どうしてウィリアムさまがあんな……カロリーヌさんっっっ!)

 優しげな婚約者から一転、厳しい顔つきで風の聖法具「風鳴の弓」を撃ち放ったウィリアム殿下。私には逆にウィリアムさまがなにかの理由で錯乱してしまったのではないかとさえ、一瞬思ったのです。

 けれど──────


「はぐぅうっ!」


 胸を抑え、倒れ伏すカロリーヌさん。

 私もイザベラ王妃さまも、エリザベスさんたちも事の次第に身動き一つできませんでした。

 ですがそのとき、真っ先に飛び出していった黒髪の青年こそ、アントニオさま。急いでカロリーヌさんを抱き起こしますが、その胸からはどくどくと鮮血が大量に……噴き出してなどいませんでした。

「はれれ?」

 アントニオさまの腕の中でぐったりしているカロリーヌさんは、気を失っているようです。けれど、そのすぐ近くで「うぐぐぐぐ……おぉおおおおおおお……」と地の底から響くような不気味な声が聞こえ始めたのです。


「国王陛下さま、イザベラ王妃さま、ご安心を。ウィリアム王子はカロリーヌ嬢にかすり傷一つ付けてはおりません」

 優雅に会釈するラファエロさまに、皆さまあっけに取られておりますが、ウィリアムさまはまだ「風鳴の弓」を手に、厳しい顔をしておられます。それはアントニオさまもラファエロさまも同様……アントニオさまがカロリーヌさんをラファエロさまに抱え渡すと、世にも奇妙なことが目の前で起きました。

 石床に落ちていたカロリーヌさんの「影」。

 その影だけがカロリーヌさんから離れ、不気味にうごめいていたのです。それを見たエリザベスさんが、パーティードレスの裾からすらりと短剣を引き抜き、不気味な「影」に対峙しました。

「まさか、魔物はカロリーヌどのの影にとりついていたのか!」

「うわぁ~っ、あれすっごく不気味ぃい~~っ」

 不快感を示すアリスちゃんの声は、どこか能天気でした。


「ど、どういうことなのウィリアム。カロリーヌさんは本当にいいお嬢さんで、お前も彼女を気に入っていたのではないの」

「母上───母上は彼女の身上調査を臣下に依頼しましたか」

 ウィリアムさまの言葉に、イザベラさまはふと何かに気付いたように目を泳がせました。

「えっ、そ、それはもちろん…………し、していませんわ。ねえあなた」

 首を横に振る国王陛下。

「そう、私をはじめ王国連合の勇者王子の周囲の人間に対しては、各国が必ず身上調査を行う。もちろんそれはマリア、キミに対してもだ」

「ふぇ、私ですか!?」

 なんといつの間にそのよーなことをされていたのでしょう、まあ、ただの田舎村の村長の娘である私に、探られて痛い腹などこれっぽっちもないのですが。

「だが、カロリーヌに関しては違った。父上も母上も、そんなことなど思いつきもしない様子でカロリーヌを受け入れた、その態度に違和感を覚えた私は、一時的に彼女を受け入れ様子を探っていたのだ」


 全て合点がいった、というようにラファエロさまが頷きました。

「どれほどの美女であっても、一介の貴族の娘にそんなことができるわけがない。そこで魔物の関与を疑ったわけだ」

「ほお……ウィリアムの婚約者と聞いて、どんな嬢ちゃんかと興味があったが、とどのつまりこの嬢ちゃんは魔物に利用されていたってわけか」

 ごおぉおおおっ。

 アントニオさまの手には豪炎を噴き出す槍が出現し、会場の人たちは間近に見る勇者王子の力に驚愕を隠せません。いえ、それは私も。

(ルヴィナールで見たときのガエンザンより、確実に威力が増しています! それに、あの燃えるようなアントニオさまの瞳……こ、こわひ)

「まあ、私が独自にさせていた調査で色々わかったこともあるのだがな。今はその魔物を倒すのが先決だろう」

 そう言って、ウィリアムさまは風鳴の弓を不気味な影に向けました。


・・・・・・・・・・。


「ぐぅうううう……ウオォオオオオオンンンッッ!」

 風鳴の弓を向けられた影が、徐々に黒い染みのように盛り上がってきました。

 そしてこの強烈な敵意には覚えがあります。以前、私たちが戦った「魔王の影」……しかしあれほど強烈なものではありません。

(けど、いまの殿下さま方は弱体化しておられる! わ、私も戦わないと)

「ほい、マリアくん、レミリアくん」

「は、はいっ?」

 ラファエロさまからいきなりカロリーヌさんをわたされ、私とレミリアさんは面食らってしまいます。

「僕は陛下と王妃さまを、エリザベスくんとアリスちゃんは会場の皆さんの避難誘導をしてくれるかい? ウィリアム、アントン、悪いけど」

「おぉっ、任せとけぇええええっ!」


 たしかにこの場の皆さまを避難させないと、アントニオさまもウィリアムさまも自由に戦えません。私とレミリアさんは両側からカロリーヌさんを支えながら、えっちらおっちら会場の外に避難していきます。

「衛兵どのも避難誘導を手伝ってください! アリス、そっちは大丈夫か!」

「な、なんとかぁ~っ」

 しかし小柄なアリスちゃんは慌てふためく皆さんに手間取っている様子。私も早くカロリーヌさんを安全な場所に避難させないと……と思っていると、不意に肩が軽くなりました。

「どっせぇええええええええいいいい!」

 な、なんとレミリアさんが一人でカロリーヌさんを背中に抱えています。カロリーヌさんはかなりの長身の上、気を失っています。そうとう、かなりの負担のはず。しかしレミリアさんは顔を真っ赤にしながら、叫びました。

「この方は私が運びます、マリアさんはアリスを手伝って!」

「レミリアさん……!」


(そうだ、レミリアさんだって騎士見習いなんだ)

 彼女の騎士見習いの意地を見た私は、アリスちゃんと共に誘導を続けます。そして会場内に残されたのは聖法具を構えたウィリアムさまとアントニオさま。そして……あのおぞましい影。

「ぐげぇええええ……よもや我の策が見破られていようとは」

 空気を震わせるようなその声に、私の背筋は凍りつきそうです。ルヴィナールを襲撃した魔物の隊長も言葉を発していましたが、あいつには実体があった分、まだそこまで不気味な存在ではありませんでした。

 ですが、目の前の黒い影は明らかな敵意を私たちに向けつつ、その本当の力は底が知れないのです。


 きゅいいぃぃ…………しゅばばばばっっっ!


 ラヴァローザから放たれた風の矢が数本、狙いを過たず影に突き刺さりました。

 影は波打つようにのたうちますが、それがどこまで効いているのかは不明です。

「ウィル、下がってな。お前の風の精霊の力はこいつとは相性が悪い。というか、この胸糞悪いゲス野郎の始末は俺に任せてくれ」

 ずいっ、と前に出たアントニオさまの槍、ガエンザンから巨大な火柱が立ちます。

 間違いありません、先の戦いのときよりも数段パワーアップし、影を舐めるように揺らめいているのです。

 と、その背中にひゅ~っ、とからかうような口笛。国王陛下さまたちを避難させたラファエロさまです。

「それはいいけど、あまり熱くなりすぎるなよアントン。戦いはクールに、冷静にね」

「俺は十分冷静さ、ラファエロ。けど、譲れないものも俺にはある。女を利用し、弄ぶような屑に容赦なんぞする気はいっさいねえ!」

 ごぉおおおっ、と天を突くように立ち上る火柱を振りかざすと、アントニオさまはそれを一気に影に向かって振り下ろします。その剣速たるや私の目になど止まるはずもありませんが、豪炎の槍はわずかに影の端を引き裂いただけ。

「ちっ!」

 どうやら「影」は思った以上に素早いのか……いえ、そうではありません。

 なぜなら、凄まじい焔を召喚したはずのアントニオさまの顔に、大粒の汗が浮かんでいるではありませんか。


「アントニオ!」

「だい……じょうぶだ、久々に全力解放したせいで、コ、コントロールがちっとな」

 けれどそれが強がりにすぎないことは私にもわかります。

 これまで弱体化していた精霊の力が戻ったせいなのか、アントニオさまは噴き上がる焔の力にむしろ振り回されているようなのです。

「いかん、アントンッ」

 アントニオさまの不調に気付いたのか、「影」が隙を窺う様子を見せます。そうはさせじと、すかさずラファエロさまの右手から蒼く輝く水の鞭が飛び出し、「影」に巻きつきますが、必死に抵抗する「影」にラファエロさまは押され気味です。

「ラファエロ、キミの力はまだ本調子じゃない、無理をするな」

「そ、そうです、病み上がりなんですから……」

 心配そうなわたしの声に、美青年勇者は苦笑いを浮かべます。

「それもそうだ、むしろ相手をするならこっちかな……っ!」

 びゅるるるる~~~っっ。

 空を裂いた水霊の鞭ネフィリールは、「影」ではなくガエンザンに巻きついたのです。


 じゅわぁあああああっ!


 炎と水がぶつかり、凄まじい水蒸気が辺りを包み込みます。

(いけない、このままじゃ『影』が逃げちゃう!)

 おろおろする私の耳に、風鳴り音。そして白い煙の向こうに「ぐぇえええっ」という不気味な悲鳴が上がります。

「風の矢の収束弾……いまのは少しは効いたようだな。そっちはどうだ、ラファエロ!」

「悪いウィリアム、もう少しやつを足止めしててくれ……」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 「影」を逃がすまいとするウィリアムさま、そしてラファエロさまは焔と真逆の水の力で、アントニオさまの力を抑えようとしていました。

 けれど、ガエンザンの焔は収まるどころか逆に勢いを増すばかり。野獣のような咆哮を上げるアントニオさまは、もはや自分で自分が抑えきれないようです。そして王宮の高い天井にも達しようかという巨大な火柱は、やがてある形を為していったのです。

(あれ、人型……真っ赤に燃える、焔精霊……焔神……)


 あれは私が「魔女」の汚名を着せられ、王子殿下たちと共にベルクガンズに逃亡したときのこと。レオナルドさまを追ってきたロートヴァルド軍の無体な要求に怒りをあらわにしたレオナルドさまは、聖精霊の力を暴走させ、白銀の聖騎士を召喚なさったのです。

 いまアントニオさまが呼びだしたのは、あれと同じ巨大な人型の魔神。焔精霊の力が具現化した焔神とでも呼ぶべきものだったのです。

 しかも───アントニオさまはそれを制御しきれていない。

 ずしんっ、ずしんっ。

 憤怒の形相のまま、一歩一歩「影」に向かっていくアントニオさまと焔神は、このままではバルラヌス王宮そのものを、いえもっともっと大きな被害を生みだすかもしれません。

「どっ」

 どどどどどうすればよいのでしょう。

 いや、つーかラファエロさまでさえ抑えられない圧倒的な焔の力相手に、ただでさえ不安定な私に何ができるというのでしょう。

 けれど、いまこの状況でなにかできるのは───つうか、なんにもしてないのは───私だけではありませんか。

「そ、そうはいってもグランディールで焔精霊をぶん殴るというわけにも……ていうか効かないっしょ、それ絶対!」

 ならばアントニオさまを、ってなにを考えているのでしょうか私ってば。

「ぐ……ぼ、ボクもそろそろ限界だ……正気を取り戻してくれ、アントン……ッ」

 いまにも気を失いそうなラファエロさまのお顔を見たとき、私の決意は決まりました。


「マリア・マシュエスト、いきま~~~~~~すっっっっ!」

「マリア!?」

「マリアくん!? ダメだ、無茶すぎる!」

 無茶はハナから承知の上。

 それにいくら不調とはいえ、「大地の籠手グランディール」なんかでぶん殴ったら、アントニオさまが怪我をされてしまうかもしれません。

 そんな私にも、アントニオさまを止める、というか落ち着かせることができるかもしれない。

「地の精霊」が私に与えたもう一つの能力を使えば。

 私はへっぴり腰ながらアントニオさまの背後に駆け寄ります。

 筋肉の盛り上がった厚く逞しい背中。けれどそれは純粋な怒りに支配された哀しい背中でもあります。アントニオさまのあの怒りを、ただの破壊の力になんかさせちゃいけないのです。

 ぐっ、と思い切りしゃがんだ私の身体に、熱い気持ちがふつふつとわき上がり、私はアントニオさまの背中に向かって思い切りジャンプしました。と同時にまたあの───自分でも意味のわからない謎の言葉が、口をついて飛び出していました。


「ぱいるだ~~~~~・お─────────んっっっっ!!!!」

 


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