パートナーは・・・
「あー、すげぇワクワクすんなぁ」
「俺、全然楽しみじゃない」
「なに言ってんだよ」
キルニア剣聖養成所の一年一組の誰もいなくなった教室に、二人の男子生徒の声が響く。
「ほら、さっさと行くぞ。剣精の夢を見られなかったぐらいでそんなくよくよすんなって」
「くよくよすんな?剣精の夢を見られないなんて前代未聞だろ!絶対ヤバいって!」
「まあ、たしかに聞いたことはねぇけど」
「だろ?」
「まあ、ほら、もう皆儀式室に行っちゃったしさぁ」
それでもまだウダウダ言う親友をレイモンドは引きずりながら儀式室へと向かうのだった。
「ほぉー、儀式室って初めて入るけど広いなぁ」
「そうだね、めったに使われないけど剣精の儀式は剣聖にとって一番大事だと言っても過言ではないからね」
剣精との出会いが一番大切なのは言うまでもない。これからの人生を、戦いの時だけでなく日常も共に過ごすことを考えると、剣精のことをよく知りお互いの絆を深くすることが最も重要だ。
「それにしてもやっぱり俺たちが一番最後だったかぁ」
儀式室にはレンとレイモンド以外の一年生がすでに集結していた。
誰も彼も剣精との出会いに不安半分期待半分を湛えた瞳をしていた。
「そういえば今年も各ギルドのスカウトの人たちが大勢来ているんだなぁ」
レンが周囲を見渡しながら呟く。
「いや、今年は例年より多いみたいだぜ?なんせ、天才だって言われてる学年主席様がいらっしゃるんだからな」
「やっぱり多くのギルドのお目当てはハリベル・ドヴォンか」
「しかも集まってるギルドの質も例年より高いらしいぜ」
「へぇ~そうなのか」
「おい、なんだよ。あんまり乗り気じゃないのか?」
「うん、ギルドはまだ当分いいかなと」
「なに言ってやがんだよ。入団確定をもらえなくても、大手ギルドに気にかけてもらえるだけでも剣聖としての評価は格段にアップするんだぜ?張り切らなくてどうするよ?」
そうかもなあとレンが生返事を返したとき、入り口の近くに固まっていた女生徒の一段から黄色い悲鳴があがった。
レンとレイモンドがそっちに目を向ける。
「おいおい、あれはギルバード・メルクだよ。たしか、ランキング389位だったよな?」
「うん、そうだよ。でもギルドに加入していたって話は聞いたことがないから、自分のギルドを作ったってことかな?」
「なるほどね、今回はそのスカウトってことか」
入り口から部屋の端に移動したギルバードにもう一度目を向けると、かなり大人数の女子が集まっていた。
「まあ、僕にはどうせ関係ないけどね」
ハハハハと乾いた笑いを漏らすレン。
先程からのレイモンドの励ましも虚しく、レンのモチベーションは一向に回復していない。
「ほらほらレン、もう始まるぜ」
レイモンドの声のすぐ後に儀式室が暗くなり、スポットライトから壇上に一筋の光が一人の女性に降り注ぐ。
女性の髪は吸い込まれそうなほどに黒く麗流だった。
ライトからの光が髪に吸い込まれて、時間と共に減少してると錯覚するほどに。
レンの隣からあ、あ、あ、という言葉にならない声が聞こえてきた。
すると儀式がものすごい喚声で埋め尽くされた。
理解が追い付いていないレンを尻目に、レイモンドがレンの肩をバンバン叩く。
「おい、やめろって。どうしたんだよ?そんなに興奮して」
「はぁーー?お前、ローレ・フェリシアを知らねえのか?ギルド通信の雑誌の巻頭とかよく飾ってんじゃねえかよ」
「ああ、そういえば聞いたことあるかも」
「なんだお前そのテンションは修行僧かよ!」
「そんなにスゴい人なの?」
「他のギルドの勧誘員の顔を見てみろよ」
そういわれてレンは辺りを見回す。
最初に目に入ったギルバードなんかはあまりの驚きように顎が外れたようだった。
他の人たちもギルバードほどではないにしろ、それなりに驚きの表情を顔に浮かべていた。
「ローレさんと言えばな、すべての女性の憧れなんだよ。個人ランキングは38位、総合ギルドランキング27位、女系ギルドランク堂々の第一位である超大手ギルド'ヴァルハラ'のリーダー」
たしかにスゴい経歴だと思った。
しかし、そんなスゴい人がこの学舎に一体何の用なんだろうか?
勧誘ってことはないだろう。なぜなら、そんなことをしなくても有用な人材が集まってくるからだ。
じゃあ、一体?
壇上で喋るローレをちらっと見ると、目があった。そしてウィンクされる。
思わず顔が赤くなってすぐに目をそらす。
「今、ウィンクされたよな?え、え、どう言うこと?」
「どうした?レン」
「い、いや、何でもないよ」
ローレの話が終わるといよいよ召喚の儀式になった。
儀式は基本的に一人一部屋で行われ、そこで召喚した剣精に名前を付け、契約を交わす。
特に名前を付けるのが難しく、毎回泣く泣くの体で儀式室を出てくる剣精が結構多い。
一度に儀式を行えるのは三人なので実は結構暇だったりする。
「レイモンドの順番はそろそろって言ってたし、こんなところにいてもなんだから一旦後ろに下がるか」
そういって人混みの外に出た。
これから儀式に向かう人たちは友達と嬉しそうに昨晩見た剣精の夢の話をしていた。
誰も彼も興奮していてとても楽しそうだった。
レンのテンションが低い理由はこれだ。一人だけ剣精の夢を見ていないのだ。
通常、剣聖養成所に集うような才能ある子供たちは、儀式前日になると必ず自分がこれから出会う剣精の夢を見る。
いや、夢に出てくるといった方が適当かもしれない。
剣精の夢を見ていないレンは、自分に剣聖としての才能が一切備わっていないのではないかと思い始めていた。
剣精の夢を見なかった剣聖の話なんて今まで聞いたことがない。残念なことに。
もう一度深いため息をつく。
「あら?あなたはあの輪の中に加わって来ないのかしら?」
「うわぁっ!!」
急に背後から声をかけられて思わず飛び上がる。
「ロ、ローレ・フェリシア!ど、どうして?」
「だって私は来賓客よ?」
「いや、そういうことではなくてですね」
正面から顔を見つめられてさっきのウインクを思い出して顔が熱くなり、思わず顔を背ける。
そんな反応が面白いのか、ローレが妖艶にクスッと笑う。
並の男ならこれだけで惚れてしまいそうだ。
レンも下がってくる口角をあげるのに苦労した。
「そういえば、あなたは他の人たちと違ってあまり浮かれてるようには見えなかったのだけれど?」
「あ、あの実は僕、剣精の夢を見ていないんです」
なぜだか申し訳なさそうに言うレン。そういうとローレはしばらく考えるポーズをとっていた。
「剣精の夢を見ていない?やっぱり私たちの調査が間違っていたと言うの?いや、でも間違えるはずがないわ」
「あの?」
なにやらブツブツ言うローレに恐る恐る声をかける。
「失礼だけどレン君、年齢は?」
「ね、年齢ですか?今年で17才です」
「今年で17?どう見ても12才ぐらいにしか見えないのだけど?」
「よく言われます。童顔なんですかね?」
ハハハと力なく笑うレン。
「童顔とかそういう問題ではないと思うのだけれど。まあいいわ。あなたには期待してるわ」
「き、期待?」
それじゃあ、後ほどと言い残してローレは立ち去った。
「ふう、緊張した。っていうかなんだったんだ?俺の名前も知ってたし、それに後ほどって?」
その時レンは気づいていなかった。ものすごい睨みの視線がレンを貫いていたことに。
儀式室の個人スペースはなかなか広い。中央には召喚用の魔方陣があり、その周囲には燭台が三本立っている。
レンは初めて入る、そしてもう二度と入らないであろう儀式室を眺めて感嘆を口にする。
「あ、そうだ。早く服を脱がなくちゃ」
儀式室は神聖なものである。しかし、儀式室前に体を清めたりすることはできないから、せめて服を脱ごうということだった。
召喚をする際にわざわざ時間がかかってまで三人ずつ個室に分けるのにはこういう訳がある。無論、それだけではないが。
「ヤバい、緊張してきた。本当に召喚に失敗したらどうしよう」
そんな弱気な考えを振り払うように頭を振った後、魔方陣の中心まで進む。
屈んで右手を魔方陣の中央につく。
ふう、と息を吐き出してから詔を唱える。
「我、キレニア・トレミアム・レンの名において、我が剣となるものをここに迎える」
頼む、と内心で呟いて目を閉じる。
目を瞑っていてもわかるほどの光量が室内を照らし、風がレンの髪を揺らす。
恐る恐る目を開けたレンはあまりの驚愕の光景に絶句する。
そこには神々しいまでの輝きを放つ金髪の女性が全裸で立っていた。
しかし、レンが驚いたのは女性が全裸だったからでもものすごい美人だったからでもない
「………………ア、アリスさん………………?」
アリスと呼ばれた女性はおもむろにレンに近づくと、深い双丘の谷間にレンの顔を挟み込んで両手でレンを抱き締める。そして、涙ぐんだ声で
「久しぶりね、本当に会いたかったわ」
しばらくレンを抱き締めた後、拘束
をといて唇を重ねてくる。
レンは何の反応もできず、為すがままだった。