5 再び会う2
「ごめん、ごめん遅くなっちゃって。そこでスプレー買ってて、って、あれ?お嬢さん!」
オレンジの髪をふり乱した……
「しゅーや 遅い!」
「ごめんごめん。でもミナトの言ったやつなかなかなくてね」
目の前で繰り広げられる軽い小突き合い。なんか可愛い。
「まだ自分らのリハの時間じゃないよね?」
申し訳なさそうにメンバーに聞くと、皆失笑していた。
「そんな時間経ってないって。ったくしゅーやは真面目だなぁ」
くくくっと口元を抑えながら笑う鳥巣頭でだらしない服を着ているミナト、らしき人のその仕草が一瞬、艶やかに見えた……気がした。うん、気のせいだ。
「こんなとこにいるのもなんだから、早く入ろうぜ」
扉の取っ手を掴んでいるアヤトに続くように私に背を向け始めた。
ただ一人を除いて。
「ね? お嬢さん、一緒に中入ろう」
「は??」
私たちを除く三人が一斉に声をあげ、振り向いた。
「さっきさ、舞ちゃんからメールあってね、物販頼んでた子、風邪引いちゃって来れなくなっちゃったんだって。誰か変わり探せる? ってきてて」
「じゃ、オレ探すよ」
「え? 別に誰でもいいんじゃない? お嬢さん、見た感じ時間ありそうだし」
さらっと言ってくれてるけど、なんか話しが……。
「しゅーや、お前、勝手に話……」
聞いてるのか聞いてないのか、ミナトらしき人の話しを遮って
「実はさ、クロと歩ってるの見てて、ここに来るだろうなって思ってたんだよね。だから舞ちゃんにさっき返信しちゃったし」
なんの話をしているのだろう? すっかり私は蚊帳の外。なんか雰囲気もよくないし、立ち去った方がいいかな。
「かぁぁぁっ。でたよ。しゅーやの悪い癖。マジ本番の日に発揮するのやめてくれないかなぁ」
くしゃくしゃの髪をさらにグシャグシャしながら、鋭い瞳でしゅーやと呼ぶ人を見ている。
「え? 誰が手伝おうと関係なくない? それともなに? なにか約束でもしてたのかな?」
「は?」
「あの子さ、別の……どこのって言わないけど、他のバンドの男のだよ。本命以外の男にカマかけて、色々あることないこと振りまくって有名みたい」
「げ……」
「それに、ミナトが連れてくる女の子、皆曰くつきだから、却下ね。遊び程度だったら、お願いしたいとこだけど」
ズバズバ切り込んだ話をしているけれど、表情はにこにこしていて、ぶ、不気味だ。しかも有り得ないと思ったけれど、やっぱり鳥巣頭のこの人がミナト、で確定みたいだし。このだらしなさの中のどこに女の子ちっくな部分が隠されてるのか、見当もつかない。
「しゅーや、結構痛いとこ突きすぎじゃないの? ミナトが泣いてるよ」
やれやれ、言わんばかりに肩をすくめて言うのはポニー・アヤト。
「泣いてないし、勝手に話盛らないでくんない?」
俯いていたミナトが迷惑そうに肩に置かれたアヤトの手を振り払った。
「じゃぁさ、アヤトもどーちゃんも言いわけ? このちんちくりんが手伝いで」
「いいんじゃない? あんまり派手な子だとファンの子キッーてなっちゃうけど、この程度なら逆に安心でしょ」
「ちょ、あ、あの」
あまりにもな言い方なので、反論しようとした時、口を大きな手でふさがれてしまった。どーちゃんという呼び名も気になるけれど。
「あの二人、いつもあんな感じだから気にしないでね。で、時にお嬢さん、お名前はなんと呼べばいいのかな?」
「ふぇ?」
もごっと声を出しながら見上げると、曇りのない黒い瞳がじっと見つめていた。な、な……。
顔が熱くなっていくのがわかるくらい、その視線にどきどきしてしまう。
「え、あ、えと、薫です」
「薫ちゃんか、可愛い名前だね」
「あ、ありがとうございます」
可愛い名前だね、って久しぶりに言われたかもしれない。なんだろ、見つめられた時といい、今といい、心ん中がキュッとするような。
「薫ちゃんさえ良ければ、今日のライブ手伝ってほしいんだ」
「え、あ……でも」
田舎から急に出てきた私にできるかな? ライブ……バンドの手伝いができたら願ってもないことだけど。
「大丈夫だよ。僕の姉さんや舞さんもいるから」
ランネのお姉さん?
「え、でも」
やってみたいことが転がり込んできて嬉しいけれど。
「僕たちみたいなバンドが嫌いならいいんだ」
「いえ、そんなことないです。むしろ好きです、はい」
それは自信もって言えること。見た目が派手でもいい音楽が作れるって体現してくれるから。
「じゃ、決まりじゃない? ねぇしゅーや」
「チャンスはどこに転がってるかわからないものだよ? 薫ちゃん」
「……」
チャンス。心で繰り返す。そう、これはチャンスかもしれない。あのバンドへ近づく糸口になるかもしれない。
「……はい。やります! 皆さんのお邪魔にならないよう一生懸命お手伝いさせていただきます!」
自然と私は頭を下げていた。
この時言い争っていたミナトとアヤトの顔はそれはそれは面白かったみたいで、見れなかったことは残念に思う。
でも、確かにこの【まほろ】のメンバーと出会ったことは私の人生のチャンスだったというのは過言ではない。
夢を現実にするために田舎を捨て、大都会にやってきた私、入谷 薫の新しい世界への扉はこの時、始まった――――。
これにて完結です。
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