第一話 退魔するもの(一)
四月十八日、天気は晴れ。天気予報では、明後日までこの暖かい晴れの日は続くとのこと。
ガラガラとスーツケースを引いて深夜三時の旧座市を歩いている。バイクの駆動音が街に響いているが、そのうちこの音が消えることを陣屋敦子は知っている。
目的地である柳川まで歩きながら、出かける前に先生から言われたことを思い返す。
「今日は協会からの依頼という形で初の実戦となります。敦子さんなら問題はないかと思いますが妖魔との戦いは命のやり取りとなりますので気をつけてください。本当は私も同行していきたいのですが、明日から依頼で一週間はあけることになります。その間にも鍛錬を忘れずにいること、あと戸締まりはしっかりとすること、いいですね?」
少し過保護すぎるのではと思いつつもはいと告げると、先生は笑顔で私を見送った。
柳川の堤防に立つ。近くには中学校があり、川の向こう側には、映画館もある複合商業施設が見えた。この町には初めて来たが、静かに暮らすのであればなかなかにいい場所だと思った。
「陣屋敦子さんですか?」
堤防下、川の側から声をかけられた。闇に溶けるような全身黒色の服装の男のようだ。
「すいません、申し遅れました。私、依頼した協会の真島と申します」
低姿勢に笑顔。どことなく人柄の良さそうな感じがして、それに協会に属する異常さが見あたらなかった。
「陣屋敦子といいます。古式尊先生から依頼内容を聞いていますが、こちらで確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
自分で言ったことに違和感を覚える。使っている言葉に間違えがあるような気がしてならないが、特に問題はないはずだと思う。
真島の方も、頷いたのだから問題はないだろうと私は勝手に判断した。
「結界によりこの旧座、柳川一帯を修復可能地域にした後に妖魔の殲滅。また確認のため依頼人も同行。この内容で間違いありませんね」
ええ、ええ、問題ありませんと笑顔で頷いた。しかし、ああでもと人差し指を立てて私に顔を向けてきた。
「失敗すれば、貴女だけでなく貴女の師匠にも迷惑がかかるのをお忘れなく」
変わらない笑みを貼りつけた真島の顔を見て嫌な気にしかならなかった。
真島は私の後方五メートルを着かず離れず、その距離を維持していた。
変わらない距離にこちらをじっと見ているような気配に恐怖に似たものを感じてならないが、その間でも私は妖魔の気配を探っていた。
気配感知ともいう技術なのだが、先生曰くこの気配感知が優れる者ほど人形師や薬師などとして大成するものが多いらしい。ただらしいというのは、先生の周りの人などを参照にしただけであり、全体がそうなのかは分からないからだそうだ。
閑話休題。
妖魔の気配が感じられる。すくんでしまうような禍々しいものではないが、殺気に似た肌にヒリヒリとしたものであまり浴びていたいとは思えない。
「気配感知は良好のようですね」
真島は私の感知する能力に気付いたようである。
「現場へ急行します」
はい、かしこまりました。表情でしか笑っていない彼の顔はやはり不気味に思う。
妖魔。
悪魔、魔物、悪霊、鬼、神。それらをまとめて協会が呼称した。
人に害なすモノが大半を占め、そして奴らを殲滅していくのが私たち退魔師の役目である。
現場にいるのは一体の妖魔だ。半魚人のような体をしているが人魚姫のような美しさなど欠片もなくサハギンのようである。
魚の頭をしていて、大きな鱗が一枚一枚重なり体を覆っている。爪は鋭利で、目も鋭く赤いガラス玉をカットしたように見える。
「殲滅を開始します……白甲冑起動」
私の言葉に応じてスーツケースが自動で開き、中から騎士甲冑が現れる。スーツケースの容量よりも大きく、二メートル弱のものだが、先生の空間魔術の劣化版である。
後ろにはすでに真島はいなかった。気配も感じられないが、近くに隠れてこの戦いを見ているのは間違いないだろう。
「戦え」
私の言葉に呼応して、フルメイルの騎士は両刃の剣を抜刀した。
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2013年12月5日改稿