プロローグ
陣屋敦子は、ランプしか灯っていない薄暗い部屋の中、作業台の前でただひたすらに手を動かしていた。
部屋の隅の本棚には多くの本が隙間なく詰められていて、隣にある椅子には師匠である古式尊が懐中時計を首から下げ、分厚い本に目を落としつつ、此方を伺っている。
作業台の上には白い西洋甲冑が横たわっている。中は空洞だが、魔法や魔術、呪術といった類のものを知っている者が見ればこの西洋甲冑をただの西洋甲冑ではないのが分かるであろう。
これは魔道具、魔導具、呼び名は多々あるが一般の者が触れることのないものである。敦子にとってこの西洋甲冑はこれから命を預けることになる相棒なのだ。
彼女は退魔師と呼ばれる者。妖魔という異形の存在――魔物、モンスター、神、妖、鬼と呼ばれる存在も含める――を討つことを生業とする人のことであり、協会という退魔師を管理する機関に現在所属している。
それに加えて、彼女は退魔師の中でも非常に珍しい人形師であり、自作した人形を用いて妖魔を討つ珍しい戦い方をする。
そして台の上にあるこの西洋甲冑こそ、彼女がこれから妖魔と対峙するための人形であり、生命線だ。
甲冑の内部に細かく「再生」の刻印を刻んでいく。ただ傷をつけているわけではなく、体内にある魔力を刻むのである。そうすることによってもしこの甲冑が妖魔との戦闘で破損する状態になったとしても、自動で元の状態に戻るようにするためである。
彼女は十四の時に退魔師の世界に足を踏み入れた。そして協会にある学校で三年を過ごした後、押し掛けて弟子にしてもらった尊のもとで一年学び、ようやく自分の人形をもつことを許されるまでになった。
この刻印を刻み終えるまで、私はただ一心に作業台に向かい手を動かし続けるのであった。
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2013年12月5日改稿