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DBAS怪事件録  作者: まきろん二世
赤い糸ノコ殺人
1/3

第1話 残暑には負けたわね

 東京から近く、けれど、喧騒からは遠い横浜の高級住宅街。

 そこに、天使と悪魔が運営する探偵事務所がある。


 その名も、DBAS(The Ditective Bureau of an Angel and a Satanの略。和訳は、「天使と悪魔の探偵事務所」)。ちなみに、これで「ディーバス」と読む。


 DBASの所長は、神河・A・俊治。

 ミドルネームのAは、AngelのAで、彼は天使の一族だ。

 そして、その助手がわたし、黒羽・S・友江。

 Sは、SatanのSで、悪魔の血を引いている。


 天使は悪魔討伐のために存在するのだが、以前、所長はわたしを救ってくれた。

 いや、正確には、戦って死の淵に追い込んでから、気が変わったと言って、最後の一撃を控えたのだケド……。

 ま、まあ、ともかく、わたしはある条件を呑んで、九死に一生を得たのだ。

 

 その条件が、探偵事務所の助手になること。

 このために、社会的には一介の女子高生に過ぎないわたしが、ここで働いているのである。


「何を見ているんですか?」

 窓際に立っていると、所長が部屋に入ってきた。

 自宅の屋敷の一室を、事務所として使っており、何もない時にはたいてい彼は書斎にいるのだが、それでもさらに何もなくなった場合、暇潰しにこうしてやってくるのだ。

 20代半ばと年差はあるが、178の長身にスーツを着込み、精悍な顔に銀縁眼鏡が光っているのは、少しドキッとくるものがある。

 わたしは八重歯をチロリと覗かせ、ニヤリとする。

「道行く人の寿命を見てたの。ほら、例えば、あのオジサン。社会の荒波にもまれてクタクタね。まるで打ち上げられた海藻みたい。きっと今日も仕事が見つからなかったのよ。それで彼は思うんだわ。もはや生きることはできないって……。一体どういう方法を取るかは知らないけど、頭の上の蝋燭は最期が近いと言ってるもの」

「彼は幸いです。不幸な人々は幸いです」

「山上の説教ね。でも、彼がキリスト教徒とは限らないじゃない」

「天使とは、邪悪を退け、人々を幸福にする者。プラス思考はその基本ですよ」

 幼子を言い含めるような言い方に嫌気がさす。

 ツンとして、窓の方にまた目をやった。

 ガラスに自分の姿が写る。

 学校から直接ここに来たため、着ている服は赤のラインが眩しいセーラー。

 黒髪はポニーテールに束ねられ、大きな白いリボンで結ばれている。これは悪魔封じの意味合いもあり、天使の所長が渡したこの白リボンをはずすと、内なる悪魔の本性が現れるのだ。

 瞳は黄緑色。

 人なら普通ないのだろうが、わたしは人ではない。悪魔なので問題ない。

 それとー



「豆乳の効果はでましたか?」

「誰が貧乳だ!」



 八重歯=キバを剥き出しにして噛みつく。

 ……あっ、言葉の綾だからね!?

「あなたがドラキュラでなかったのは、せめてもの救いです」

 涙目で腕さすってるけど、きっとわたしの見間違いよ。ええ、絶対そうよ。そんなはしたない真似、このわたしがする訳ないじゃない!

「ごめんなさい」

「いいえ、大丈夫です」

「これ、絆創膏よ。毒塗ってあるから、気を付けなさい」

「……それは僕の身を案じてくれているのでしょうか?」

「そうねぇーわたしは、迫害する者のためには祈れない、とだけ言っとくわ」

「っと危ない。天使とは言え、命は有限。貴重な命を無駄にするところでした」

 所長はそう言って、慌てて絆創膏を部屋の隅のゴミ箱に捨てる。

 離れた位置から投げ入れるなんて、上流階級のエリートにはできないのだろうか?

 わざわざ歩いていって、きちんと真上で手を離した。

 

 わたしは窓から離れ、部屋の真ん中あたりに置かれたソファーに座る。

 ソファーは全部で3つーひとつは窓際に、残りふたつは反対の廊下側にあり、その間には、細長い座卓がある。

 今わたしが腰掛けたのは、廊下の方で、ドアからより遠いものだ。窓とは対角線的な位置関係になっている。

 左横には焦げ茶のティーテーブルがすくっと立っていて、その上には……いわゆる黒電話。他の内装に合わせて、古めかしいやつを苦労して探し出したんだとかー。まったく。無駄な努力にもほどがあるだろう。

 金と時間を持て余し気味の所長は、しばらく窓の外を眺めていると思ったら、向かいの窓際のソファーに腰を落ち着かせた。

「来ないですね……」

「怪事件がそんなバンバン起こっても困るじゃない」

「確かに。一理あります」

 所長が頷く。

 DBASが解決に当たる事件は、非常に限定的だ。何しろメインで運営している所長が天使なので、悪霊が絡んだ怪事件以外は基本的に全てカバー範囲外。

 それでも年間馬鹿にならない数の依頼、つまりは怪事件があるのだけども、それと同じかそれ以上、馬鹿になりそうなほど暇で、依頼も何もない時期が存在する。

 現在がまさにそのような時で、終わりそうにない残暑といい勝負をしているところだ。


 冷房の効いた室内から戸外を見れば、熱気と湿気がぐちゃ混ぜになって、混沌の図が出来上がっている。

 ー秋って、いつ頃からだっけ?

 真夏日の午後を遠巻きにしつつ、思わずそんなことを考えてしまう。

 

「黒羽さんは、秋をどのような季節だと思いますか?」


 唐突に所長が尋ねてきた。

 よほど暇なのね、と内心呆れながら、わたし自身のためもあって、暇つぶしに付き合う。

「どうって……食欲の秋とか?」

「食いしん坊なのですか?」

「い、いやいや、なんでそうなるのよ……」

 モンブランとか大好きだけど、食いしん坊ってほどじゃない。

「他にはどうでしょう?」

「運動の秋、読書の秋、芸術の秋……まあ、色々あるんじゃないの? 少なくとも、学校の子達はそんなこと言ってるわよ」

「なら、黒羽さん。あなたは?」

「えっ……」

「黒羽・S・友江は、どう思うのですか?」

「そ、そうねぇ………」

 悪魔としての回答を述べる。

「やっぱり、瀕死の季節ね。冬という死を前に、長々と苦しむ最高の時間ーあぁ、想像するだけでゾクゾクするわぁ! 悪魔にとってみれば、あれほどの愉悦はないもの! 死の苦しみを前にして、苦悶にゆがむ表情。わたし達が誘惑すると、より一層焦るのよね! もう、最高! SはサタンのSじゃなくて、サドのSよ! 絶対! 所長ぅ! ちょっとあんたひざまずきなさい!!」

「……やはり、本来通り地獄送りにしましょう」

「ヴッ、ゴメンナサイ」

 ソファーに座ったまま腰を折る。 

 さすがに言い過ぎた。

 今度は無言でいきなり鞭打とう、と反省する。

「ちなみに、僕にとって秋とは、悲しみの季節ですね」

「それこそ良くあるじゃない」

「日本人なら誰でも感じるでしょう?」

「あんた……日本の国民どころか天使でしょうが」

「戸籍上は日本人です。ですから、納税義務もありますよ? この事務所だって、法人税を納めていますし」

「何より所得税が大変そうね」

「いえ、それより7年前の相続税の方が……」

「相続税?」

「え、えぇ、7年前の秋のことです………辛い思い出ですが」

「……」

 所長の言葉を最後に、重苦しい沈黙が降りる。

 ー7年前。

 ー知り合うよりだいぶ前ね……。

 両手を組み合わせ、その上に頭を乗せている所長は、彫刻なら悲痛と題されそうな様子だ。

 わたしは足を組んで、半ばそれを見下ろすような姿勢になる。

 そして。

 ー普段冷静なのに、こんなに乱れるだなんてっ!! これよ! これこそが愉悦よっ!

 女王様姿勢で下半身をくねらせつつ、獣のように獰猛な目でオカズをとらえる。

 サド心が否応なくくすぐられる眼前の光景に、早くも理性崩壊が秒読みに入る。

「所長ぅ〜わ、わたし、堪えられn」

 Riririririririn!! Riririririririn!!

 

 折り悪く黒電話が鳴った。

 わたしは軽く舌打ちしてから、受話器を取る。

「こちらDBASでございます。悪霊絡みの怪事件でしょうか?」

 間違い電話やイタ電も多いので、まずはしっかり確認する。

 と。

『ええ、襲ってくるんです! 私、どうしても怖くて! 怖くて怖くて、もう!』

「おお、落ち着いてください」

 パンツの替えなんか持ってないのよ!

 思わずスカートの裾をギューッと掴む。

 人の苦悶に身悶えるわたしに、この仕事は色々とキツい。

 甘い声が漏れたりしないようよーく注意して、再度話し掛ける。

「襲ってくるって、何がですか?」

『悪霊よ!』

「誰のですか?」

『彼は私を恨んでる!!』

「彼?」

「黒羽さん」

 呼ばれたので目だけ上げると、所長がこちらを見て、しっかりと頷いた。

 それに軽く相槌を打つと、受話器の向こうへ告げる。

「でしたら、解決いたしましょう。DBASにお任せください」

 事務所の所在地を教えると、電話を切った。

 

 どうやら残暑には負けたようだ。

 まだまだ蝉がうるさい9月初めのことである。



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