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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋文

作者: 図書館123

□月□日(□)

 突然だけど、元気ですか?

俺はいつもどおり。ってことは元気てこと。まあ、あんたには興味ないことかも知んないけどね。

 大分経っちゃったな、あんたと別れてから。きっともう覚えてないかもしれない。人間って忘れようって努力してたら忘れられるものなのかな。そしたらきっと、あんたは俺のことなんて、一番に記憶の引出しから出して、びりびりに破いて捨ててるよな。

それとも忘れたいと思いすぎて考えてすぎて、俺の思い出が今もあんたを苦しめているなら。ごめん、ホントに自分勝手な気持ち。そんなとこが悪かったって思うけど。

そうだったなら、少し嬉しい。

 あんたはまだ俺の顔を思い出して、昨日のことのように、俺との日々を思い出して、冷や汗を掻いて悪夢から、飛び起きたりしてんのかな。

 真夜中のベットの中で俺の顔が目の裏に浮かんで、どうしようもなくて苦しんだりとかしてんのかな?

 でも、それでもいいんだ。

俺のことを、忘れてしまっている方が悲しくて悲しくて、どうにかなってしまいそうだから。

好かれてないのはわかっている。ゴキブリの死骸みたいに嫌われているのも理解している。でも、俺のことを憎んでいるなら。憎んで憎んで苦しいなら、忘れないんだろう、俺のこと。

 ああ、ごめんな。

 こんなとこが、あんたを追い詰めちまったんだよな。ごめん、反省してるんだ。悪かったとは思ってる。

 だけど、会わなくなった、この期間、すくなくとも俺は一度もあんたのこと、忘れたことなんてなかったよ。

 今でもただ言えることは、1つだ。

 好きだ。

 会いたい。

 ……ありゃ、2つになっちったか……。

 まあ、いいや。また手紙書く。それじゃ。


□月□日(□) 

 あんたのうんざりした顔が目に浮かぶようだよ。

 一回書き出したらさ、止まらないんだよ。いいじゃんか。一週間に2回くらい手紙かいたって、罰はあたんないはずだ。

 いいだろ、俺はあんたの前に現れていないんだから。ただ元気かなって思ってさ。

返事をくれって言ってるわけじゃないんだ。

 だってほら、俺の住所、書いてないだろどこにも。まあ、あんたは気にもしなかったと思うけど。

 でもさ、俺がさ、だめなんだ。

 住所とか書いたら期待しちまう。あんたからの手紙を待って、あんたが現れるんじゃないかって、気が狂いそうになるくらい待っちまう。  

 だから書いてない。

 知りたいかな?うそ、知りたくないよな。知ってるんだ。だから書かないよ。

 だからこの手紙はさ、深いふかーい穴にさ、「王様の耳はロバの耳」って叫ぶ床屋みたく、「俺はあんたを愛してる」、ってこだまさえも聞こえてこない穴に叫んでいるようなもんだけど。

 まあ、ちっと詩的に表現しちまったかな。変わったんだよ、俺だって、努力したんだ。

まあ、前の俺の言い方で言うならさ、ごみ箱にげろを吐きつづけてるようなもんなんだけど。そうだろう。俺にとっては大切な言葉でも、あんらにとってはげろみたいなもんよりも、もっと要らないものだろう。知ってるんだ、理解してる。俺は頭良くないけどさ、それでもそいれくらいはわかってる。

 でもさ、送りたいんだよ。

 俺の存在を思い出して欲しい。安心しろよ、会いには行かない。正確にはには行けない、だけど。

 でも大丈夫、俺はあんたの前には姿を現すことはないよ。

 だから手紙くらい、読んでくれたって良いよな。読んでくれてるかな。また手紙書く。それじゃ。



□月□日(□)

 あんたの夢を見たよ。

 俺の夢の中じゃ、あんたは笑ってんだ。

 おかしいよな。現実にあんたの笑顔を見たことなんて、片手で数えるくらいしかなかったのに。

 でも一回の笑顔は俺の胸に深く刻まれてて、いつだって思い出せるんだ。だから夢くらいなら、笑ってくれたっていいよな。

 元気かな?ああ、俺そんなことばっかり聞いてる。返事なんて聞けないのに。

 問い掛けちまうな、あほだな、俺。

 だけど、聞きたくてたまらないんだ。俺は元気だ、あんたはどうだ?会話にするとあんたが近くに感じられる気がしてさ。

 感傷的だな。らしくないな。でもそんなことにすがりたいくらい、あんたの存在に飢えてるよ、俺。

 読んでくれてるのかな、この手紙。

 俺のことを思い出してくれたのかな。気になるけど、俺はまだ我慢するよ。あんたに当てたこの手紙を書いてるときだけが、俺は自由だ。  

 ホントだぜ。

 短いけど、今日はこれくらいにしとく。

 なんだかもらった薬を飲んだんだけど、眠くて眠くてたまらないんだ。

 それじゃ。また書く。



□月□日(□)

 俺ってさ、はっきりいって結構まともな人間じゃないよな。

 いいんだ、正直に思ってくれてかまわない。

 今はちょっと落ち込みたいんだよ。

 今日、レクリエーションでさ、俺の班は映画を見たわけよ、映画。なにしろ男ばっかなわけだよな。ホントはエロビデオでも見せろって感じだったんだけど、そんなわけにもいかねえしさ。まあ、とりあえず古い映画を見たわけよ。ふるーいフィルムで、画面のなかでのカビの痕が人の顔に見えたところとかを探すことが、唯一、楽しいような、そんな映画。

 でもさ、感動したんだ。

 内容じゃない。内容なんてくそみたいなもんだった。その中の、ほんの一瞬しか出てこない、主人公の弟役やってた、俳優でさ。******って知ってるか?

 あれ、あんたにちょっと似てるなって、思って。

 見入っちまった。そしたら泣いちまったんだ。

 こんな手紙を書いてるからかな。未練たらしく、読んでももらえるかどうかわからない手紙を書いてるからかな。

 毎日、毎日、ただ普通に考えている時よりも、あんたのことが鮮明に頭の中によみがえってくる。

 ふとした瞬間の出来事さえも、あんたに知らせようと考えてしまう。

 あんたに会いたいよ。

 会いたい会いたい会いたい。

 手紙に書いたら、口に出したら、たまらなくて、どうにかなっちまいそうだ。

 ホントは俺のところに会いに来てほしいよ。

 あんたの名前を口に出したら、俺は発狂しちまうかもしれない。

 会いたい会いたい会いたい会いたい。

 だからしばらく手紙を書くの辞める。

 それじゃ。



□月□日(□)

 俺ってカッコわるいよな。わかってるんだ。だから無理しなくて良いぜ。無理する必要もないけどさ。

 ついこないだ、もう手紙を書くのを辞めるって言ったばっかりだったのに、また書いちまった。

 しょうがないよ、俺はもうこの楽しみを知っちまった。

 あんたに触れるかもしれない便箋に、俺の気持ちを送ることの快楽をしっちった。

 我慢してくれよ、楽しみがないんだ。

 ここの時間はいつでも同じくらいにゆったりと流れていて、刺激がない。この手紙もようやく最近許可された、娯楽なんだ。

 今はさ、だから、あんたへの気持ちをつづっているこの時間があるから、まだ生きていられている気がするんだ。

 なあ、今更聞くけどさ、あんたさ、俺のこと好きだった?

 結構さ、勇気をもって聞いてる。俺としたことが、ペンを持つ手が震えてる。

 あんたが思い出したくないってことは知ってるよ。

 俺のことなんてきっと一生忘れてしまいたかったろ。今更、俺との時間なんて、考えたくもなかっただろ。

 でもさあ、あえて聞く。

 俺のこと、一度でも好きだった?

 俺のこと、ほんの少しだけでも好きなとき、なかった?

 俺に抱きしめられている時、俺に抱かれている時に、少しでも幸せを感じたことってなかった?

 泣きそうになって、俺にしがみついていた時に、一瞬でも、俺のことを離したくないって思ったことってなかったか?

 ……。

 ごめん、酔ってんだ。

 今日はここでお誕生日会って言う名のレクがあったから。

 ごめん、忘れてくれ、それじゃ。



□月□日(□)

 いつまでたっても同じことだよな。いいたいことはひとつで、聞きたいこともひとつしかなくて、でもいいんだ。俺はあんたの答えを求めない。

 今日はさ、久しぶりに外に出られたんだ。

 公園へのピクニックだって。症状の軽い奴だけが、まあ参加できるリハビリみたいなもんなんだけど。

 ガキじゃないんだからさ、って俺は思った。だけどまあ、フツーに参加したよ。

 でもさ、結構面白いんだ。土の匂いとか、そういうのって、感じてないと忘れるもんだな。

 今まで自分は覚えているって思ってたけど、それに触れた途端、忘れてるってことに気がついたよ。

 そんでさ、思ったんだ。あんたのこともそうかなって。そうなのかなって、すごくすごく、実は不安になったんだ。

 何をするにもあんたにつながって、ガキみたいに全部あんたに報告するけど、でもさ、すごく不安になったんだ。聞いてくれ。

 おれはさ、ずっとあんたのことを忘れてない気でいるけど、あんたの息遣いとか、感触とかそういうの、全部覚えている気でいるけど、それは本当はどうなのかなって考える。

 もしかして、それは自分がそう思ってるだけなんじゃないかって、気がついた。もしかして、もしかして、俺はあんたのことも、忘れてしまっていたらって、思った。

 考えるとぞっとする。

 あんたとの思い出だけが俺の財産なんだ。

 何にもなかった。

 ガキのときから、生まれた時からオレは一人だって知ってたのに、あんたに会って、それは違うって知ったんだ。

 俺の反吐みたいな人生の中で、あんたとの思い出だけが、輝いている。……すごく陳腐な言葉で、文章にすると笑えるな。

 だけど、それが本当のことなんだ。

 あんたのことを覚えているから生きていられる。

 それなのに、あんたのことを忘れてしまっていたらって、すごく不安になった。

 確かめるすべはないんだ。

 あんたのことを忘れてしまっていることを思い出すには、あんたに会うしかないだろう?

 だからできない。確かめられない。

 だけど、あんたの偽りの記憶を抱きしめて、生きているなんて、まじで悲しいよな。

 ああ、長くなっちまったな、悪い。

 でも、そんなことを思った一日だった。それじゃ。



□月□日(□)

 あのさ、今日はさ、雪が降ったんだ。今年の初雪だって。ここってあんたんとこと違って、あんまり雪積もんないんだって。

 なんだ、って少しがっかりしてたら、今日降った。そんなにさ、積もんなかったけど、俺の指先で溶けたんだぜ。

 思い出すのは、あんたのことばっかりで、自分でも情けなくなるけどさ。

でも、あんたとはじめて過ごしたクリスマスに雪が降ったこと、奇跡みたいで、一生忘れないと思う。

 クリスマスにさ、雪が降るなんてこと、別に望んだことなんてなかったけど、あんたが雪降るといいなって、ぽつりと呟いたその言葉で、死ぬほど願った。

 そしたら降って嬉しくて嬉しくて、俺は思わず神さまの存在を信じそうになっちまったくらいだった。考えてみればあんたの笑顔を見たのはあの時が初めてだったかもしれない。

 口の端を歪ませただけの笑顔だったけど、それでもあんたは雪を見て、笑ったよな。俺といたのに。

 奇跡みたいだった。

 クリスマスなんてガキんときはくそおもしろくもないイベントでしかなかったけど。第一クリスマスなんて知らなかったし、なんで回りはこんなに騒いでいるんだろうって、むかつく気持ちしかなかったけど。

 でもさでもな、思い返してみたら、俺の人生で、クリスマスは最高のイベントだったって思っている。

 ……。

 ああ、そういえば、クリスマスっていつなんだろう。

 わかんないな。わかんない。

 ここに来てからすっかりと日にちの感覚、なくしちまったから。

 でもあんたも覚えてくれてると良いな、二人で過ごしたクリスマス。それじゃ。



□月□日(□)

 あのさ、今日思い切って聞いたんだ。あんたのこと。

 今何してるかって問いかけたら、誰も答えてくれなくて、少し笑えた。

 俺の震えた声だけがさ、カウンセラーとか言う奴とか医者とか、そういうやつらと俺との空間に落ちて、沈んでいったのが見えたよ。

 そんで、からーん、て乾いた音を立てて、床に落ちて砕けてた、笑える。

 俺のさ、せいだってことはわかってる。

 俺があんまりあんたに執着したから、あんたのそばから離れられなくなっちったから、それであんたを追い詰めたから、だからみんな俺とあんたを引き離した。

 俺はただあんたを好きなだけだったのに、それなのに犯罪者として、俺はここに入れられた。

 あんたの気持ち、無視したのは悪いと思ってる。

 だけど、けっきょくは俺とあんたの問題なんじゃないかなって思う。

 警察とか法律とか病院とか、そんなんで俺の気持ちを判定してほしくなかったな。

 でもしょうがない。

 今のこの世界では、それが現実だったって。これは犯罪なんだって。

 わかってる。



□月□日(□)

 返事がなくてもいいって思って、ずっとずっと書きつづけてる。

 これは許可されてんだぜ、一応。きっとそうしないと俺が狂っちまうってことわかってんだろうな。

 いや、もう狂っているのかな、オレは。

 今日さ、医者って呼ばれる人間の指を、噛み切ってやったんだ、俺。むかついたから。

 だって俺の記憶を奪うって。あんたの記憶を消してあげるって。

 そしたら俺が楽になれるからって。

 優しい振りして、微笑みながら、そんなこと言ったんだぜ。

 そんなわけがないだろう?

 俺はいくらあんたを追い詰めても、俺が俺であるためにはあんたへの思いが大前提だってことくらい、医者だったらしっとけってんだ、そうだろう。

 だから差し出した指を歯で食いちぎった。

 あんたの上司の指を食いちぎったみたいにさ。

 俺っていつまでたってもどうにもなんない。

 爆発する感情を押さえることなんてできないんだ。

 狂っている、頭がおかしいって、涙声で叫ばれたけど、知るかって感じ。

 どうでもいいんだ。ここを出られても、あんたにあえないなら、どこでもいい。

 ただ記憶は奪わせない。

 それがあんたを追いまわして、追い詰めた実刑だって知っているけど、許さない。絶対に。



□月□日(□)

 俺ってへんかな。ヤばいのかな。

 あんたのことばっか考えて、あんたのことばっか、きにしてる。いつもいつもいつもいつもいつでもすきなんで、おれはあんたのいない世かいのことなんてかんがえられない。

 あー、ごめん。

 きょうはなんかうまくいえない。

 さっきちゅうしゃ、うたれたんだ。

 ごめん。ねむいみたいだ。

 それじゃ、おやすみ。



□月□日(□)

 俺の記憶を奪う日にちが決まったんだって。

 今日、俺が指を噛み切った医者に、勝ち誇ったように言われたよ。ホントは言っちゃいけないのに。この手紙を書くのを許可したのだって、あんたの記憶を消去するのに、あんたの記憶を俺の脳の消しやすいところまで、浮かび上がらせるためだったって。

 勝ち誇ったように、叫んでた。

 あいつ馬鹿だよな。

 そんなことしなくたって、いつまでも俺の記憶の一番にあるのはあんたのことなのに

 でもとりあえずむかついたので、もう一回、指を噛み切ってやろうと思って奴に近づいたら、女みたいな悲鳴をあげて、部屋の端まで逃げてったよ、やっぱり馬鹿だ。

 まるで死刑の実刑を待つ囚人みたいに、トクベツな部屋に移された。

 窓もない。白い箱みたいな病室。

 今から7日間後だって。一週間だって。

 あんたと過ごした2年間が、一週間後にはなくなっちまう。あんたを独占した2ヶ月も頭の中から、消えちまうって。

 毎朝毎朝びくびくしながら、一日一日すぎていくのを、待つんだ。時間の流れを感じながら、気が触れていけばいい、って医者は呟いて、カウンセラーに連れて行かれてた。あいつ首だな、多分。

 手術みたいなもんだからって、医者を外に放り出した後で、カウンセラーは言ってたよ。

 こいつもむかつく。優しい振りして、俺のことなんにもわかってない。

 意味がない。

 その方が君も楽になるから。って、優しい口調でそう言う。

 わかってないわかってないな。もう一年近く俺の話を聞いていて、それでもこいつもちっともわかってない。

 俺の記憶は奪わせない。

 それだけは決まっている。

 あんたを監禁していた罪だろうが、それが実刑だろうが治療だろうが、なんだろうが。

 決まっている。俺の記憶は俺のものだ。

 そうだろう。

 あんたはあんたのものだけど、俺のあんたの記憶は俺だけのものだ。

 そうだろう。



□月□日(□)

 目を覚ます。少しでもあんたの記憶を引出しの奥に隠そうと、努力してたけど、無理みたいだ。いつでも考えてしまう。

 記憶を消すための方法の一部だって、わかったのに、やめられない。

 あんたのことを考えて、あんたに思いを伝えるには、これしかもう方法はないんだ。

 でもさ、ちょっとあんたにはいい話がある。

 昨日さ、カウンセラーにずっとずっと説得された。

 これは俺のためでもあり、それであんたのためでもあるって。

 みんなの幸せのためなんだって。

 あんたのさ、為になるのはわかりきっている。あんたは今でも脅えているはずだ。いつか、俺が再びあんたの前に現れて、自分の生活をまためちゃくちゃにするんじゃないかって、きっと脅えているはずだよな。

 何気ないふりをして、日常を送っていてもこの手紙を読んでいなくても、俺がいるかぎり、俺がこの現実に存在している限り、あんたは脅えているはずだ。多分そうだろう?

 俺の記憶がなくなったら、あんたと俺の接点はなくなる。そうだよな、だって。あんたは俺から逃げて避けて、俺が近づいていかなくちゃ、俺の半径15km以内にだって、いたくはないはずだもんな。

 だけど、俺だけがあんたとの関係を切りたくなくて、あがいてる。

 伸ばした手の先にだって、藁なんてないのもわかってるけど、ただあがいてる。

 知ってるんだ。わかってるんだよ。これ以上、誰も傷つくことなしに、誰もが、平和に平凡に一生を送るためには一番、いい方法なんだって知ってる。

 ……。

 俺のさ、真夜中にふと起きて、目を開けるよりも先にあんたのぬくもりを求めて手を伸ばすくせとかさ、そういうのも、なくなるのかな。

 その方がいいのかな。

 その方がいいんだよな。

 ああ、今日はいつもと違うクスリをもらったんだ。結構いい。穏やかな気分になれてる。冷静だよな、俺?

 だけどさあ、1つだけ心配なのは、俺はほとんどあんたへの想いで出来ているのに、それをとったら俺がなくなっちまうんじゃないかってことだ。

 それとも俺の残骸だけが残って、入れ物だけが生きてくのかな。

 それでも人間って生きていくことができるのかな。

 笑えるな。


□月□日(□)

 昨日、またあの医者がきた。

 あいつ首になったのかとおもったら、まだいた。馬鹿だな、まじで。

 カウンセラーにやな顔されて、興奮させるな、と念を押されていた。

 まじで他のことはどうだっていいんだけど、俺の大切な記憶を奪うのがこいつだったら、いやだな。

 でもその可能性は、強そうだ。

 記憶を奪うことができる資格をもっているのは、今でも少ないからな。ああでも、こんなことはどうでもいい。今日は何を書いたらいいんだろう。

あんたのことを思い出すのが、あと5日。そうあと5日しかない。

 実はさ、毎晩、そう毎晩、実は怖くて、真夜中に飛び起きる。

 汗をびっしりとかいていて、目に飛び込む、真っ白な壁さえも怖くて叫びたくなる。

 でも俺は自分で口を押さえて、その白い壁に、透明なグラスの淵を指でたどるようにして、あんたの顔を丁寧に思い出して、描き出す。  

 そして、はじめて息ができる。

 そんな夜を過ごしている。

 本当は、怖くて怖くて、たまらない。

 死刑を待つ時だって、こんなに怖くはないんじゃないかって思う。だけど今は怖い。臆病者だと思われてもいい。ああ、あんたは知ってるかな。俺は本当はどうしようもないほど、根性がない男だってことくらい。

 たまらないんだ、どうしようもない。苦しいんだ。どうにもならない。

 本当はいやだ。どうしても嫌だ。

 今更に謝りたい。

 あんたの気持ちを無視していたこと。謝ってやり直したい。

 あの時の俺は本当に、どうだっていいって思ったんだ。あんたに嫌われたって、俺自身が正しいことをしていないと理解して、自分自身を嫌悪したって、どうだっていいって思ってた。

 ただ重要なことはあんたのそばにいて、あんたの体温を感じることが出来て、あんたに触れることができる、それだけだと思っていた。ただそれだけで俺自身は構成されていた。

 謝って許されて、それで幸せになれるとは思ってない。そこまで俺は馬鹿じゃない。

 だけどさ、あんたのそばにはいかないから。

 絶対に行かないから。

 あんたの記憶だけで生きていくことにするから、だから、本当は死ぬほど嫌だ、助けてくれ。

 ああ、まずい、今日はクスリを飲んでいない。

 手が震える。ホントにまずい。ごめん。



□月□日(□)

 あと四日。後四日だって。時間の感覚なんてまるっきり忘れていて、時計さえもここにきて一回も見てないけど、一応朝昼晩はわかるんだ。

 だから壁にきざんでいる。俺が俺自身でいれる時間はあとどの位かって。

 昨日は悪かった。

クスリを飲んでなかったんだ。今日は大丈夫、少し飲んだ。たくさん飲むとさ、眠くなっちまうから、だから、少しにしといた。大丈夫。書き終わったら、きちんと飲むよ。

 ああ、でも、何をかいたらいいんだろうな。

 そうだ、別にくだらない話だけど、あの医者の指のこと。

元に戻ったんだって。笑えるよな。自慢げに見せてたぜ、あいつ。まじであほだ。

 これでお前の記憶を奪えるなってカウンセラーに気がつかれないように顔を寄せてこっそり言うから、無言で殴っといた。まじで笑える。

 今度は鼻の骨を作らなくちゃいけないんじゃないか。笑えるだろう。

 そういえば、あんたの上司の指って直ったかな。

 あの時、悪かったって、今では謝るよ。あの時はさ、俺とあんたの間に入ってくるものはなんだって、敵だって思ってたんだ。

 あんたとの間にあるものは、空気だって許したくなかった。

 俺と会わなきゃ良かったな。

 あんたの今は、わからないけど、あんたが今もあそこで働いているかわからないけど、あんたは俺のことなんて忘れて、幸せに暮らしているのかもしれないけど、でも、あんたの綺麗でまっとうな人生に、しみをつくったのは事実だよな。

 俺なんかに関わって、俺なんかに好かれちまったから、あんたの世界は変わっちまった。

 俺はすごく幸せだった。誰かを好くことができるなんて体験、自分ができるなんて思ってなかったから。自分よりも大切な存在がこの現実にあるなんてこと、考えてこともなかったから。

 幸せだった。

 だから俺は生まれてきて良かったって今では、思う。

 だけどさ、あんたにとっては俺はいないほうが良かったんだよな。

 俺なんて、生まれてこない方が良かったんだよな。 

 ああ落ち込んできた。

 やばいな、やばい。弱気になってる。あたりまえだけど、あたりまえの事実を書くとやばいな。

 もうねる。



□月□日(□)

 あんたにとって朗報だ。

 実行が一日、早まったって。カウンセラーが同情するような目で俺を見ていた。あの医者のさ、鼻の骨が3本も折れてたんだって。

 それで早く実行することに決まったんだって。

 明日だぜ。明日。

 クスリはいつもより多めにくれた。煙草も半年ぶりに吸ったよ。

 明日だって、明日だって、良かったな。あんたにとってはいいことだよな。だから納得することにするよ。

 何を話したらいいのかな。

 明日にはこの手紙はかけない。だから最後の手紙になるのに。

 やばえ、動揺しすぎて、クスリを飲みすぎた。注射も打たれていたこと忘れてた。

 もうペンがもてない。やばい。



□月□日(□) 早朝

 目が覚めた。

 一生であんたに会えたことの、次くらいの幸運かも知れない。

 このまま、目が覚めないかと思ったよ。目が覚めないまま、記憶を奪われていたらどうしようかと今でも、びびってる。震えてる。

 良かった。

 それでは、実刑当日だ。

 俺は今まで、手紙を書いてたよな。俺の記憶を奪うことに、納得しているような手紙を書いていた。

 ごめん、それ嘘なんだ。

 絶対、あいつらこの手紙読んでるからさ、だから、油断させようと思った。

 あんたには本当の俺の気持ち、ぶつけているばっかりだった。たまにはいいだろう、こういうのも。

 だって決まってるじゃんか。俺の気持ちは今でも1つだ。

 本当は実刑が伸びないかなって、思ってたけど、そんな希望もあったから、今まで待っていたけど。

 でももう決まった。

 いつかされるなら今日されても一緒だよな。

 期日が延びても、俺の記憶が奪われることが決まっているなら、結末は結局決まってる。

 だからわかってる。

 わかってるんだよ。

 はじめからわかっていた。

 あんたにとっても一番良い方法で、俺にとっても良い方法。

 おれはどうしたら良いかってことくらい。

 はじめからわかってた。

 ああ、窓の外は結構、綺麗な朝焼けだ。あんたもどこかでこれを見てるかな。って寝てるか、あたりまえだ。

 でもいい気分だぜ。

 朝の光も平等に、俺のもとにも届くんだってこと、あんたが教えてくれたんだよな。

 太陽の光って俺にとっては、敵かと思っていて憎んでいたけど、あんたのおかげで、真正面から見ることができるようになった。

 そしたら結構、優しい光もあるんだって知った。

 そんなことを思い出して、泣きそうになるよ。

 さよならだ。

 もう二度と、あんたに手紙書くことはないからさ。

 あんたの元に現れることも、一生ない。あんたのことを考えることもない。誓うよ。でも今度、生まれる時もあんたのこと、好きだったらホントにごめんな。でも今度は、間違わないように、努力をするよ。がんばるよ。

 でも今は、最後だ。本当だ。

 だからしつこくてもうんざりしてても、もう一回くらい言ってもいいよな。はじめから最後まで、このことしか書いてないけど、もう一回くらい、書かせてくれよ。

 好きだよ。

 愛してる。

 いつまでもいつまでも、あんたが好きだ。

 さよなら。


昔に書いていた文がでてきたので投稿してみました。

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