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盲目の魔女が見た世界と、風が運ぶ不穏な影


薄暗い路地裏を抜け、表通りの喧騒へと足を踏み出した瞬間。


セフィラは思わず立ち止まり、両手で顔を覆いそうになった。


「眩しい……」


これまで黒い布で視界を閉ざし、暗闇の中で生きてきた彼女にとって、魔導都市ルミナスの午後の陽光はあまりにも鮮烈だった。


行き交う人々の色とりどりの服、立ち並ぶ白亜の建築物、そして何より――空気を満たし、嬉しそうに踊っている無数の精霊たちの光。


「大丈夫? 目、痛くない?」


アッシュが心配そうに覗き込んでくる。その灰色の瞳の奥底にも、彼を愛する精霊たちの小さな光が宿っているのが、今のセフィラにははっきりと見えた。


「はい……大丈夫です。ただ、世界がこんなに明るくて、綺麗なものだなんて知らなくて」


セフィラは瑠璃色の瞳を瞬かせ、ふわりと花が咲くように笑った。


「ちょっと! アッシュの隣は私の場所なんだからね! 新入りは後ろ歩きなさいよ!」


人間の姿をした白竜・リリィが、アッシュの腕にギュッと抱きつきながら威嚇してくる。


「こらリリィ、意地悪言わないの」


「……ふふっ。小さな竜の姫君も、光り輝いていてとても可愛らしいわ」


「なっ……か、かわ……!? 人間の分際で私を子供扱い……燃やすわよ!」


「まあまあ、リリィ殿。セフィラ殿も悪気はないのですから」


エリスが慌ててリリィを宥めつつ、大きくため息をついた。ただでさえ目立つ灰色の青年と銀髪の美少女に加え、絶世の美女まで仲間になってしまった。これからの旅路は、別の意味でも苦労が絶えなそうだ。


一行は魔導都市の広場にあるオープンカフェで休息を取ることにした。


温かい紅茶と、甘い焼き菓子。セフィラにとっては、誰かに怯えることなく陽の当たる場所で食事をするのも、生まれて初めての経験だった。


「美味しい……」


「ここのお菓子、木の実の甘さがぎゅっと詰まってて美味しいね」


アッシュが自分の皿の焼き菓子をセフィラに取り分けてやる。


その和やかな空気が、突如として広場に響いた悲鳴によって切り裂かれた。


「キャアアアッ!!」


「逃げろ! 荷運びの土塊竜アース・ドレイクが暴走したぞ!!」


広場の中心を通りかかっていた巨大な荷馬車。


それを引いていたはずの大型の魔獣が、突如として狂乱し、周囲の屋台を薙ぎ払っていたのだ。


その体からは、赤黒い『穢れ』の瘴気が漏れ出している。


「街のど真ん中で穢れの暴走!? なぜ魔導兵たちは気づかなかったのです!」


エリスが即座に立ち上がり、剣の柄に手をかけた。魔獣は完全に理性を失い、逃げ遅れた子供に向かって巨大な前脚を振り上げようとしている。


エリスが踏み込もうとした、その時。


「待って、エリス」


静かな声と共に、アッシュが一歩前に出た。


エリスが止める間もなく、彼は狂乱する魔獣に向かって、右手の人差し指をすっと立てた。


魔法陣もない。詠唱もない。ただ、空を吹き抜ける風に向かって、親しい友人に語りかけるように呟いたのだ。


「風さん。ちょっとだけ、刃を貸して」

ヒュッ、と。


世界から一瞬だけ、音が消えた気がした。

アッシュが立てた人差し指を、魔獣に向かって軽く振り下ろした瞬間。


数十メートル離れていたはずの魔獣の『首元』で、甲高い金属音が鳴り響いた。


直後、魔獣の首に取り付けられていた分厚い鋼鉄の制御具(首輪)だけが、まるで目に見えない巨大な刃で斬り裂かれたように、真っ二つに割れて地面に落ちたのだ。


「――えっ?」

エリスは己の目を疑った。


(今の……無動作からの空間断裂……!? いえ、斬撃の軌道すら見えなかった。あの硬質な鋼鉄だけを寸分違わず斬り裂き、魔獣の皮膚には傷一つ負わせていないなんて……!)


エリスの背筋に冷たい汗が伝う。


彼女の脳裏に、かつて王都で耳にした噂が脳裏を過った。

人類の武と魔の頂点に立つ七人の化け物、『七天の聖座』。その一人である『剣聖』ならば、あるいはこれほどの絶技を放てるかもしれない。


だが、目の前の青年は剣すら握っていない。ただ大自然の力を「借り受けた」だけで、人類最高峰の絶技といっても大袈裟ではない奇跡を、息をするように起こしてしまったのだ。


首輪を破壊された魔獣は、憑き物が落ちたように赤黒い瘴気を霧散させ、その場にドスンと座り込んで大人しくなった。


「痛かったね。あんな窮屈なものを首に巻かれて、無理やり怒らされてたんだ」


アッシュが駆け寄り、魔獣の鼻先を優しく撫でる。魔獣はクゥンと甘えた声を出し、彼の手のひらに顔を擦り寄せた。


「あの……アッシュさん」


遅れて駆け寄ってきたセフィラが、地面に落ちて真っ二つになった鋼鉄の首輪を拾い上げ、震える声で言った。


彼女の瑠璃色の妖精眼が、首輪の断面を真っ直ぐに見つめている。


「この首輪……変です。自然発生した『穢れ』じゃありません」


「えっ?」

エリスが驚いてセフィラを見る。


「私の目には、魔力や精霊の自然な流れが見えます。でも、この首輪に刻まれた術式は……無理やり精霊の力を吸い上げ、人工的に『穢れ』を作り出して魔獣に流し込むような、とてもおぞましい形をしています」


「人工的な穢れ……? バカな、誰が何のためにそんなものを!」


エリスが絶句する。世界を滅ぼしかねない災厄を、意図的に作り出している者がいるというのか。


セフィラは首輪の裏側に刻印された、小さな『黒い太陽』の紋章を指先でなぞった。


「わかりません。でも、これまでは視界を閉ざしていたため気づきませんでしたが……、街の中央にある魔導院からこれと同じ、冷たくて嫌な臭いのする魔力がたくさん渦巻いているのが見えます」


アッシュは魔獣の頭を撫でながら、そっと目を細めて、高くそびえ立つ魔導院の尖塔を見上げた。


彼を包む風の精霊たちが、不安げにざわめいている。


「そっか。……風たちがずっと泣いてた理由、少しわかった気がするよ」


魔導都市ルミナス。世界最高峰の知識が集うこの街の裏側で、確実に何かが蠢いている。


アッシュの圧倒的で無自覚な優しさと、それに惹かれた少女たちの旅は、やがて世界を揺るがす巨大な陰謀へと、静かに足を踏み入れていくのだった。

お読みいただきありがとうございます。


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