5 味がしない
「……お風呂に頭をつけちゃダメだった……」
しょんもりと肩を落としながら、キナは部屋に続く廊下を歩いていく。
部屋に近づくにつれて、足取りがどんどん重くなる。
もう一度風呂に戻ろうか、など詮無い事を思った時、二人の部屋から仲居さんが出て行くのが見えた。
(ご飯だ!)
キナは気まずさも忘れて元気に部屋に飛び込んだ。
「ただいま!」
「……長湯、だったな。」
「あ、うん……」
「……料理も今、来たところだ。」
「……はい……」
キナはモソモソと小上がりに上がり、アスランの向かいに座る。
テーブルの上には、朱塗りの器に汁物。しっとりとした白磁に色とりどりの野菜の天ぷら。見事な絵付けを施された小鉢には、それぞれ香の物と煮浸し。そして木目も美しい木の台に、東国の名物と言われている寿司が、宝石のように並んでいる。
アスランが無言で料理に手を伸ばす。
キナは無意識のうちに、「冷めないうちに食べなさい」という声を待っていたことに気づいた。
「美し糧に」
キナは食前の文句を唱え、一番近くにあった汁物の椀に手を伸ばした。
馥郁とした出汁の香りが鼻をくすぐり、そっと椀に口をつける。
キナは愕然とした。
「味、しない……」
悲痛な呟きにアスランがハッと顔を上げる。
「宿の手違いか?今……「ごめん、なさい」
今仲居を呼ぼう、と続くはずだった言葉が、キナの謝罪に遮られた。
アスランは目を丸くしてキナを見る。
「ごめんなさい、師匠。……もうあの呼び方しないから……仲直り、してください……」
今度はアスランが愕然とする番だった。
テーブルに肘をつき額を押さえる。
「君は…… 私が、恐ろしくは、ないのか……?」
呻く様に絞り出された言葉に、キナは首を傾げる。
「……そりゃあ、あの時は怖かったです。あんな言い方された事なかったし……サイクロプスみたいに凍っちゃうかと思いました。
けど今は、気まずいだけですよ?」
アスランの目が彷徨う。
そしてもう一度キナに視線を留め
「……守護、賢者…… 何千年を生き、『伝説』のアウララを知る……事、は……?」
「もちろん知ってます。知ってたけど……こう……」
キナは両の手の平を胸の高さに持ち上げた。
「こっちの、『知っていた師匠』と、こっちの、『ずっと一緒にいる師匠』が、アウララさんの名前を聞いた時に、こう……」
キナは音を立てずに胸の前で両手を合わせる。
「ガチャン、ってなったというか……合体した?みたいな?」
「合体……。」
アスランの鸚鵡返しにキナはコクコクと頷く。
人々の畏怖の眼差し。
丁重に、礼儀正しく、そっと引かれる境界。
アスランはそれらを思い出しながら、おずおずと手を伸ばした。
キナはそれを和解の握手と捉え、パッと顔を輝かせる。
両手でアスランの手を迎えに行き、ギュッと握ると
「仲直り、ですね!」
ニコニコと握った手を上下に振った。




