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夜天の魔女  作者: 宵宮 詠
第2章
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5 味がしない


「……お風呂に頭をつけちゃダメだった……」


しょんもりと肩を落としながら、キナは部屋に続く廊下を歩いていく。

部屋に近づくにつれて、足取りがどんどん重くなる。

もう一度風呂に戻ろうか、など詮無い事を思った時、二人の部屋から仲居さんが出て行くのが見えた。


(ご飯だ!)


キナは気まずさも忘れて元気に部屋に飛び込んだ。


「ただいま!」


「……長湯、だったな。」


「あ、うん……」


「……料理も今、来たところだ。」


「……はい……」


キナはモソモソと小上がりに上がり、アスランの向かいに座る。


テーブルの上には、朱塗りの器に汁物。しっとりとした白磁に色とりどりの野菜の天ぷら。見事な絵付けを施された小鉢には、それぞれ香の物と煮浸し。そして木目も美しい木の台に、東国の名物と言われている寿司が、宝石のように並んでいる。


アスランが無言で料理に手を伸ばす。

キナは無意識のうちに、「冷めないうちに食べなさい」という声を待っていたことに気づいた。


美し糧(うましかて)に」


キナは食前の文句を唱え、一番近くにあった汁物の椀に手を伸ばした。

馥郁(ふくいく)とした出汁の香りが鼻をくすぐり、そっと椀に口をつける。


キナは愕然とした。


「味、しない……」


悲痛な呟きにアスランがハッと顔を上げる。


「宿の手違いか?今……「ごめん、なさい」


今仲居を呼ぼう、と続くはずだった言葉が、キナの謝罪に遮られた。

アスランは目を丸くしてキナを見る。


「ごめんなさい、師匠。……もうあの呼び方しないから……仲直り、してください……」


今度はアスランが愕然とする番だった。

テーブルに肘をつき額を押さえる。


「君は…… 私が、恐ろしくは、ないのか……?」


呻く様に絞り出された言葉に、キナは首を傾げる。


「……そりゃあ、あの時は怖かったです。あんな言い方された事なかったし……サイクロプスみたいに凍っちゃうかと思いました。

けど今は、気まずいだけですよ?」


アスランの目が彷徨う。

そしてもう一度キナに視線を留め


「……守護、賢者…… 何千年を生き、『伝説』のアウララを知る……事、は……?」


「もちろん知ってます。知ってたけど……こう……」


キナは両の手の平を胸の高さに持ち上げた。


「こっちの、『知っていた師匠』と、こっちの、『ずっと一緒にいる師匠』が、アウララさんの名前を聞いた時に、こう……」


キナは音を立てずに胸の前で両手を合わせる。


「ガチャン、ってなったというか……合体した?みたいな?」


「合体……。」


アスランの鸚鵡返しにキナはコクコクと頷く。


人々の畏怖の眼差し。

丁重に、礼儀正しく、そっと引かれる境界。

アスランはそれらを思い出しながら、おずおずと手を伸ばした。

キナはそれを和解の握手と捉え、パッと顔を輝かせる。

両手でアスランの手を迎えに行き、ギュッと握ると


「仲直り、ですね!」


ニコニコと握った手を上下に振った。



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