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夜天の魔女  作者: 宵宮 詠
第2章
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4 露天風呂


 キナが自分を乾かしている間に、アスランが塔を洗った。

(魔法って便利ですね)

普段なら口から出ているだろう言葉が喉に詰まる。


陽は中天から傾き、半日かけて来た道のりを徒歩で

戻れば、街に着くのはとっぷりと日の暮れた頃になるだろう。


すでに歩き出したアスランの後を、キナは無言で追った。

パキパキと小枝を踏む音、風が梢を揺らす音。

来た時と同じ音さえ、重苦しく響く。


謝ってしまえば、きっとアスランは水に流してくれる。

そう自分に言い聞かせるが、前を行く背中がそれを拒んでいるように見えて、

キナはいくつもの「ごめんなさい」を飲み込んだ。


 やがて空の端が茜色に変わった。

ふとアスランが足を止める。


「……日が落ちてしまうな。跳ぶぞ。」


キナが返事をする前に、アスランの

「テレポルタティオ」と唱える声が聞こえた。

同時にアスランの魔力がキナを掴む。

グニャリと視界が歪み、次の瞬間、

キナは城門の見える林の中で踏鞴たたらを踏んだ。


踏鞴を踏んで、キナは気づく。

転移の時はいつだって、互いのどこかに触れ合って

いたのに、と。

気づいた途端、喉の奥が痛くなる。グッとそれを

飲み込んで、キナは城門へ向かった。


 今キナたちが向かっているのは、街の南門だ。

先日のサイクロプス騒動は、ちょうど反対の北門

だった。あれから三日が経ち、場所も遠い。

そう思いながらもキナはフードを深く被る。

目を向けると、アスランも同じ動きをしているところだった。


城門を抜けてすぐのところにその宿はあった。

建物自体は良くある石造りだが、門と玄関は木造で東国風の風情がある。

キナは門に掲げられた木の看板を見上げる。

「旅人の泉亭」

と見事な筆文字で書かれていた。


 アスランがカラカラと引き戸を開ける。

年季の入った木目の床が、(つや)やかな光沢を

湛えて二人を迎える。

壁には墨一色の濃淡で描かれた絵画。

片隅の台の上には平たい水盤に花と緑が生けられていた。

二人が受付に向かうとカウンターの奥から東国の着物に身を包んだ女将がにこやかに現れた。


「いらっしゃいませ。旅人の泉亭へようこそ。」


女将は品の良い所作で一礼すると、小さく首を傾げ

アスランとキナを交互に眺める。

何か物言いたげに口を開きかけるが、二人の間に漂う

空気を読んだのか、ただテキパキと受付を済ませた。


「お部屋はシャワーのみ、大浴場と露天風呂はいつでもお入りいただけます。お食事はお部屋ですね、畏まりました。では、ごゆるりとお過ごしくださいまし。」


アスランが鍵を受け取り二人は二階の部屋へと向かう。


そこは、上等な続き部屋だった。入って手前に畳敷きの小上がりがあり、その横を通って奥手には大きな

天蓋付きのベッドが置かれている。

小上がりの反対側にはごく普通のベッドが置かれた

続き部屋。

和と洋が混在しているが、見事な染めの東国風の天蓋が、すべてを調和させていた。


部屋に入り荷物を置く。キナが目をやると、アスランは窓際のソファに腰を下ろし外を眺めていた。


「……お風呂、いってきます。」


独り言のように呟いて、キナは部屋を出る。

廊下の装飾もキナの目には入らない。

真っ直ぐに浴場へ向かい、まずは内風呂で丁寧に髪と

身体を洗う。

そして濡れた髪をくるくるとまとめると、

露天風呂へと続く扉をそっと押し開ける。

外の空気にふるりと身震いして、岩に囲まれた湯に

身を沈めた。


「はぁぁぁぁ。」

キナから、長い長い息が零れた。

じんわりと湯が染み入り、

張り詰めていた身体からようやく力が抜けていく。

身体が温まっても頭が涼しい。

いくらでも入っていられる気がした。


「……守護賢者、か……」


その一言が、アスランの地雷を踏み抜いたことは確かだった。

旧知から「賢者様」などと呼ばれる度、氷点下オーラで顔を顰めているのも知っている。

でもなぜあんな風に、一気に氷点下を突き破り、

絶対零度さえ置き去りにしたのか。


「回れ 回れ 糸車

紡げ 紡げ 巡りの糸


来し方を綴り

行く末を編め


回れ 回れ 糸車」


キナは、「祈りの魔女」から教わった、

古い古い糸紡ぎの唄を、呟くように歌う。

くるり、くるりと人差し指を回しながら、

グルグルとアスランの事を考える。

でも、答えは見つからない。


「やめやめ。今は、お風呂。」


自分に言い聞かせ、キナはブクブクと湯に沈んだ。




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