7 祝福
「美しい朝だな!」
声が響いた。
キナは、ハッと顔を上げた。
朝日の中、逆光の影が映る。
その影はするりと光から抜け出して
キナの目の前に浮かんだ。
キナは息を呑み言葉を失った。
——昔、赤い髪の小さな神がいた……。
アスランの声が脳裏に蘇る。
「呼んでくれてありがとう、夜天の魔女!」
小さな神は、ニカッと笑った。
(呼んでない!)
キナは心中で速攻つっこむが言葉にはならなかった。
ぷるぷると首を振るだけだ。
神もぷるぷると首を振った。
「キミが朝を呼んでくれたから、こうして道が作られたんだよ!」
キナは灰に塗れたまま目を見開き、じっと小さな神を
見つめた。
「神様…… この子も……天に、還れる……?」
神は問いには答えず、微笑んだ。
「送ってあげなよ」
キナは頷き、目を閉じた。
「……夜天の魔女が、希う。
長き闇を越えた御魂を、今空へと還す。
この愛しき御魂の……安からん事を……」
灰が陽光の中を、煌めきながら昇っていく。
まるで光と戯れるかのように、
キラキラ、キラキラ、と。
キナは呼吸も忘れ、
高く高く昇っていく煌めきを見つめ続ける。
光が消えた時、コロンと、手の内に何かが生まれた。
そっと手の平を開いてみる。
それはひとつの珠だった。
闇と灰が複雑に絡み合ったような、黒と白の。
神が陽光を一筋指で掬った。
陽の光を編んだ細い鎖が生まれ、珠を抱く。
神が指を一振りすると、それはキナの首元を飾った。
「おやすみ……」
キナは灰珠を胸に抱き、囁いた。
やがて神の柔らかな声が、そっとキナを撫でる。
「……さあ、行こう、『愛し子』の元へ。」
愛し子。
ハッと顔を上げる。神は頷いた。
キナは転げるように立ち上がり、夜色の尾を引いて
駆け出した。
その後を神がふよふよと着いていく。
女神の境界がキラキラと解けて消える。
「アスラン……」
キナは、横たわる頬に落ちたその髪を指で撫で払い、
額に額を合わせて囁いた。
「……終わった、よ?……」
目を閉じたままの頭をそっと抱きしめ、
膝へと乗せる。
そして、祈るように、何度も何度も、その金色を
手の平で撫で梳く。
「……あのー……」
背後から声がした。
キナが振り向くと、神がふよふよ浮きながら
もじもじしていた。
「あのー……お取り込み中、ゴメンね?
そのー……良かったら、
『愛し子』を祝福させてくれないかな……?
お邪魔虫で悪いんだけど、この子元気なさそうだし、
えっと、キミが良ければ、だけど……」
キナはたっぷりと神を見つめてから、こくんと
頷いた。
「アスランを、助けて……」
縋るキナの瞳に、神は優しく首を振った。
「『愛し子』を助けたのはキミだよ!
ボクはちょっぴり『息吹』をわけてあげるだけ。」
キナは瞳を揺らして頷いた。
神は衒いのない笑顔でキラキラと頷き返した。
小さな体で精一杯に両手を広げ
すぅっと胸を膨らませると、神は謳った。
「我が愛し子よ、夜明けの君よ
夜は巡り、世界に朝が満ち満ちた
ふたつの祈りが有明の架け橋を繋ぎ
我らをここに在らしめたことを慶ぼう
我が愛し子よ、夜明けの君よ
君は今、陽光として夜を抱き
明けの明星として夜に抱かれる
我はそれを祝福する、太陽のひとつ柱なり
アスラン、覚えていてくれてありがとう!」
声と共に、キナの世界に暖かな力が流れ込んできた。
純粋で膨大な生命力。
それは世界を歓喜が満たしていくかのようだった。
木漏れ日のように輝く光がアスランに戯れ、
次々にその胸に飛び込んで行く。
キナはこの暖かさを知っていた。
大地に緑が生まれ、花が音もなく咲いていき、
キナを満たした、この温もりを。
瞬きも忘れ、神と、光の粒と、神の愛し子を見つめた。
神はくすくすと笑う。
「気づいてなかったの?
『世界』に祝福された魔女」
キナが驚愕に震えたその時
金色の長い睫毛が小さく揺れた。
神はふよんと飛んで、
愛し子の額に口づけを落とす。
そしてキナの夜色を真っ直ぐに見つめて
ニカッと笑った。
思わず手を伸ばしたキナに、ぶんぶんと手を振って
神は陽光に溶けていった。




