4 目覚め
キナは、大きく瞬きをした。
視界がくっきりと鮮やかに広がる。
驚愕に目を見開いた闇色を一瞥もせず
キナはアスランの元へ身を翻して走った。
「アスラン!!!」
名を呼びながら月色のベールをすり抜ける。
「アスラン!アスラン!!」
横たわるその傍らに膝をついた。
青白い相貌は穏やかだ。
頬を包み込むように手を当てる。
微かな息を紡ぐ唇に、そっと唇で触れる。
胸に耳を当てると、優しい命の音がした。
仄かな温もりに顔を埋め、囁く。
「……見ててね、アスラン」
黒珠がアスランの耳朶から、
ふよふよと飛んで戻った。
キナは、静かに立ち上がる。
女神の守護を越えると
そこは闇一色の世界だった。
重く圧し掛かるような魔力を物ともせず
キナは悠然と歩を進めた。
一足、一足ごとに、
そこから新しい夜が生まれる。
闇の中に夜が立ち昇る。
纏った金色が、煌めく星に姿を変える。
キナは深い夜をその軌跡にしながら
少年の前に進み出る。
闇は、知らず後退った。
キナが、両手を広げる。
その全身から、ふわり、と夜空が広がる。
闇が、夜に照らされて行く。
闇は抗った。
星の光一条をもこの闇を照らす事を許さぬと。
闇と夜が鬩ぎ合う下で
二人は対峙する。
少年は、首を傾げて笑んだ。
「……お姉さん、大丈夫だった?なんだか魘されていたみたい。僕、心配しちゃったよ?」
魔女も、笑った。
「心配には及ばぬよ。
朝が、迎えに来てくれた。」
「……僕、寂しかったんだ。
お姉さんに傍にいて欲しかったの。
壊して、綺麗なお人形にして。なのに……」
す、と表情が抜け落ちた。
爛、とその目が赤く光る。
「ズルいよ。どっちもくれないなんて。」
闇色の触手が幾本もの鋭い切っ先となって
魔女へ向かった。
魔女はフッと掻き消える。
闇はニィッと笑った。
触手は魔女のいた場所でガキガキと音を立て
絡み合いながらその背後へとなだれゆく。
「やっぱり、お兄さんは僕のにするね?」
声を打ち消すように、キン……!と美しい音色が
響き重なり、月が切っ先を次々と弾いた。
闇色が歯噛みし、魔女は中空で笑った。
そして、月の女神の裁きが始まる。
半球が光を集め、青褪めた月の光が闇色を薙ぎ払う。
闇色は咄嗟に展いた障壁ごと床に転がった。
「お、お姉さん、痛いよぉ……」
哀れに泣いて見せる闇色を、魔女は冴え冴えとした
夜色で見下ろした。
「『馬鹿のひとつ覚え』とやらか?
……立てよ、どさんぴん。」
出来る限りの低音で凄んで見せたその目が、
涙をいっぱいに溜めた闇色とぶつかった。
赤い唇を、色を失うほどに噛み締めて睨みつける、
その目と。
(……この子……やりにくい!)
魔女は思った。




