3 夢
——鬱蒼と茂る森を抜け、キナはぽっかりと開けた
街道にぶつかった。
梢の影の中から、弛みなく歩いていく背中を見つめる。揺れる金色の髪が、陽光に煌めいた。
光に溶けて消えてしまう……
その背を追いかけ走り出そうとするのに
足が上手く動かない。
「アスラン、待ってよー!」
「アスラン!待って!」
キラキラと陽に輝く金髪は立ち止まる事も振り向く事
もない。
「アスラァァァァン!!!」
キナが叫ぶと、アスランは白く光に溶ける。
「駄目だ、キナ。
お前を連れて行くわけにはいかない。」
耳元で声がする。
ハッと振り向くとそこには見覚えのある
ティーテーブルについたアスランがいた。
「お留守番嫌です!一緒に行きます!
私は強いです、ちゃんと役に立ちます!」
キナは自分が叫ぶのを聞いた。
アスランがゆるゆると首を振り席を立つ。
「駄目だ。お前は置いていく。お前はもう要らない」
キナは息を呑んで凍りついた。
アスランは足を止め、キナを一瞥する。
「私の育てたキナはもういない。
私の愛したキナはもう還らない。」
キナは崩れ落ちた。
咽び泣く自分の声にもう一つ声が重なる。
——魔女は自分に、彼と生きたかもしれない
もう一つの生を、夢見ることを許したんじゃないかな。
——もう、絶対に届かないと知りながら
魔女が、『理由もわからず魔女を失った彼』へ
綴った物語だよ。
アスランの声が耳元に囁く。
「……これは……呪いだ。
己の欲で生の理を覆した……君への罰だ。」
——————っ!!!
キナの声にならない悲鳴が夢の中に響いた。
キナは身動きもできず倒れ伏している。
次から次へと涙が零れて止むことを知らない。
鼓動が一つ打つたびに、
胸が刃で抉られる様に痛い。
魔女に、なりたかった。
肩を、並べたかった。
ただ、一緒にいたかった。
なのに、なぜ、どうして。
私は、どこで間違えた……?
……ああ、もう……
もう、いい。
もう、いいや。
キナはゆっくりと目を閉じた。
——キナ…… キナ!
声が聞こえる。
一番聞きたくて
一番聞きたくない声だ。
キナは耳を塞いで身体を丸めた。
お願い、もう、傷つけないで……
少年は、倒れ伏し虚に涙を零す夜色を見て
満面に喜色を浮かべた。
「ふ……。うふ、うふふ……」
愉悦に唇を吊り上げ、瞳を赤く光らせたその顔に、
もう稚さの面影はない。
「お姉さん、早く、絶望してね?」
舌舐めずりをしてキナを覆う闇色を深めたその時、
一条の金色の光が、キナへと届いた。
双珠だ。
黒珠がアスランの元から伸ばした光を
キナへと戻った白珠が受け取る。
そして今、双珠を繋ぐ糸が
金の陽光の輝きを放っている。
——キナ!キナ!!
キナはギュッと身体を丸める。
「キナ起きろ!キナ!」
突然明瞭に響いた声に、キナは思わず顔を上げる。
「キナ、目を覚ませ!キナ!」
辺りを見回しても、そこは何もない、
悲しくなるほどの白い空間だ。
もう、いいの。
もう、いいんだよ……
キナはもう一度目を閉じた。
「この寝坊助!早く起きろ!
私を置いていくつもりか!?
君は、何の為に魔女になったんだ!!!」
キナはガバッと身を起こした。
真白の空間に、
金色の糸がゆっくりと降りて来る。
キナは手を伸ばした。
金糸の先が指に触れる。
暖かかった。
糸はキナをそっと抱きしめた。
「……いい、の?」
「一緒にいて、いいの……?」
金糸は応える様にキナを強く抱きしめる。
キナは糸を握りしめ、震えながら泣いた。
やがて、金糸は誘うようにキナを揺らす。
震える息を吐き出し、キナは大きく息を吸い込んだ。
金糸ごと自分をギュッと抱きしめてから
しっかりと顔を上げる。
その口元に、あえかな笑みを湛えて。
「もう、大丈夫。」
金糸は夜を抱き、ゆっくりと昇っていった。




