3 守護賢者
やがて笑い疲れたアスランが、息を整えて塔を見上げた。
細めた目、淡く笑みを湛えた口元。
(塔とお話してる……)
キナが思った時、アスランの口からほろりと言葉が溢れた。「アウララ……」と。
キナは息を呑む。
そして瞬時に理解した。
この塔を作ったのが、あの美しい魔力回路を編んだのが、アウララその人だと。
アスランの横顔から目が離せないまま、思わず呟く。
「守護魔道士、アウララ……」
呟きを捉えたアスランが勢いよくキナの方を向いた。
その名を零してしまったことに、今気づいたかのように。
アスランと目が合い、キナは胸に何かが詰まったような気がした。
(守護魔道士アウララ。そして……)
知ってはいた。知っていた事が、急に重さを伴って胸に落ちてきた。
目に映る姿はいつもと変わらぬ師匠だ。
少し不機嫌そうで、変わらぬ外見詐欺だ。
けれど、今目の前にいるのは、キナの知らない言葉を使い、伝説のアウララと肩を並べて戦った……
「守護賢者、アスラン……」
「やめろ。」
アスランの鋭い声が響く。
「……その名で、呼ぶな。」
心臓が痛いほど跳ねて、キナは凍りつく。
また一つ、知らないアスランが現れた。
(……絶対零度より低い温度って、あったんだ……)
思考まで凍てついた中、場違いな思いが浮かぶ。
僅かな沈黙の後、アスランは気まずげに視線を逸らした。
守護賢者。捨てた名を呼ぶキナが、まるで知らない相手を見るような目をしていた。
耐えられず思わず発した声が、予想外に鋭く低く響いた事に我ながら戸惑う。
濡れネズミで怯えた瞳のキナ。
その姿が胸に迫り、しくりと刺した。
詫びて、触れて、慰めろ。
けれど、伸ばした手を拒まれてしまったら?
己の内の声を、アスランは握り潰した。
「……街へ戻る。乾かしなさい。」
それだけを振り絞ると、アスランはキナに、背を向けた。




