6 双珠
キナが満面の笑みを浮かべてアスランの
手を取った。
「行こう?」とその手を軽く引く。
アスランは我に返ったようにキナを見下ろし、
目顔で頷くとそっとその肩に手を回す。
その手で促す様に、隣の宝石店へアスランは足を
向けた。美しく装飾された重い扉を押すと、
「いらっしゃいませ」と抑制された柔らかな声が
二人を迎える。
キナは息を呑む。
そこには、美の洪水があった。
キナは夢見る様にショーケースに近づいていく。
アスランの瞳のようなブルートパーズ。
キナの色をしたラピスラズリ。
その他、ありとあらゆる色を詰め合わせたかのような石たちが並んでいた。
アスランはキナが正気を取り戻すのを根気良く待っていた。
が、ぶつぶつと何事かを呟きながら、時折「ほぅ」と、うっとりとため息を吐く様子は止むことはなさそうだ。
諦めて近くの店員へ声をかけ、奥まった一角へと消えて行く。
やがてアスランが戻ると、
キナはひとつ所に足を止めていた。
近づいてもぶつぶつもため息も聞こえない。
肩越しに覗き込むと、キナはショーケースの片隅に
飾られた魔道具をじっと見つめている。
「キナ?」
アスランが訝しげに声をかける。
キナは、パッと振り向くと
「アスラン、これ、私のだ。」
言うと、店員を呼びに行く。
ケースの中には、
キナの手の平に収まる大きさの台座の上で、
一対の球体が空に浮いていた。
光を吸い取ってしまいそうなほどの漆黒の玉と、
内側から光を放っているかのような純白の玉。
二つの球体は、まるで双子星が互いの引力で繋がって
いるかのように、一定の距離を保ちながら、
くるり、くるり、と互いの位置を入れ替え入れ替え
回転し続けている。
キナが困り顔の店員を連れて戻ってくる。
「……すみません。でもどうしても譲って欲しいんです。もちろんお代は払います。」
「キナ。」
聞こえてきたキナの声に、思わず嗜めるような声が出た。
それでもキナは引かなかった。
奥から呼ばれ、店主と思しき恰幅の良い男が現れる。
「お客様、そちらはわたくしどもの商品では……」
「すみません、わかっています。その上でお願いしています。お代もお支払いします。」
アスランが割って入ろうとしたその時、
店主が口を開いた。
「そちらは、『魂結びの双珠』と言われる魔道具だそうです。珠を片方ずつ持ちあった二人は、離れても必ずまた出会う、などと言われているそうですが、どうにも買い手がつかず持て余した道具屋から、飾りとして買い取った物です。」
キナは店主の説明にこっくりと頷く。
迷いのないその瞳に、店主も頷いた。
「……わかりました。きっとお客様には何か意味のある物なのでしょう。わたくしも商売人です。買い取った値段に多少色はつけさせていただきますよ?
……銀貨三百枚でいかがでしょう?」
アスランはスッと眉を上げる。
が、キナは頷くと無造作にポーチに手を突っ込み、
じゃらり、じゃらり、と銀貨を積み上げていく。
「け、結構でございます……」
店主が目を白黒させる。
キナは、そっと双珠に手を伸ばした。
それは一瞬、ふるりと震えたように見えた。
店を出ると、双珠はまだキナの手の上で
くるん、くるん、と回っていた。
「キナ。それは一体……」
「『繋ぎ 保ち 調和を成すもの』。
私にもそれしかわからない。」
キナは満たされたような笑みを小さく浮かべ、
それらをそっとポーチに仕舞おうとする。
その瞬間、双珠は互いの引力を解き放ち、
キナの小指の先ほどの大きさに縮むと、
それぞれがキナの耳へと飛んでいった。
そして「そこが自分たちの定位置だ」と主張するようにキナの左右の耳朶にぴたりと収まり、キナを彩る飾りとなった。
アスランは目を見開いて固まった。
キナは、目を見開いて、笑った。
何故、何が、何を。
アスランは、言いたいことを全て飲み込んだ。
それは、今でなくて良い、と。
今は、ただ。
アスランはキナに近づくと、そのローブの襟元近くに、月光石のブローチをそっと飾る。
闇に、小さな月が浮かぶ。
闇色のローブに、白く輝く月光石。
キナの耳を飾る、漆黒の珠と純白の珠。
アスランはその美しい調和に息を呑む。
キナは、ただ幸せそうに笑っている。
ああ、夜天の魔女の、完成だ。
そう、アスランは思った。




