1 結界柱
あれから三日、アスランとキナは結界柱の前に
立っていた。それは、サイクロプスの森から半日ほど
歩いた先に聳えている。
天に向かって細くなる白い塔を、キナは首が痛くなる
ほど見上げていた。
「……やはり結界が乱れている。でなければあそこに『歪み』が生じるわけはないのだ。」
「結界。」
アスランが考え込みながら口にすると、キナは首を
捻った。結界らしき魔力はどこにも感じられない。
思わずキナは探査の魔力を四方に広げる。
「ああ、私達が魔術で作る結界とは仕組みが異なる
からな。これは『魔除け』だ。」
「魔除け。」
キナは魔力を仕舞いながら、魔除けの護符を
思い浮かべる。
どれも気休めに近い呪いだ。
アスランはキナに目をやると、その夜色の頭に
ぽん、と軽く手を乗せた。すぐに離された手は
そのまま結界柱の壁にそっと触れる。
「今でこそ魔除けは呪いの一種だが、この時代、
魔除けは『魔族除け』の意味だった。」
「魔族除け。」
「……君、さっきから鸚鵡返しだな。」
珍しくアスランがくつくつと笑う。
「魔族除けの結界。それが結界柱だ。今でも魔族に
近い魔力構造を持つ者は弾かれる。故に正しく起動
していれば、サイクロプスなどがこの森に現れる事は
ない。ましてや『歪み』など。」
「……どうしてそれがこんな森にあるんです?
街の中じゃないんですか?ガルディアみたいに。」
キナはこの旅で立ち寄った街の一つを思い出して尋ねた。ガルディアでは街の中央の広場の真ん中に、
結界柱が立っていた。
「昔はそうだった。変遷したのだ、人の営みが。
魔王が倒され平和になると、暮らしは発展し人々も
増える。その利便に合わせて様々な事が変わっていく。ここも、昔は栄えた街だった。」
「変遷……」
——かつて魔王が現れ、魔物が人々を蹂躙し、
守護者と呼ばれた者達が結界柱を造り、魔王を討ち果たした。
どこか物語のように聞いていた話が実体を持ち始めたような感触に、キナは手の平を握り締める。
アスランは結界柱をひと撫ですると、キナの額を
トンと小突いた。
「鸚鵡返しはもういいから準備をしなさい。
仕事の時間だぞ。……『לִפְתּוֹחַ』。」
アスランがキナの知らない言葉で何かを結界柱に
囁く。
と、音もなくその壁に人一人分の入口が現れた。




