4 魔女の手記
「フリッツ。来たぞ。」
アスランはカウンターで居眠りをする店主に声を
かけた。店主はフガフガと鼻を鳴らしながら目を
覚ましたようだ。
「頼んで置いた魔術書は見つかったか?」
アスランとフリッツが何やら話し出すのを見ながら、
キナはこの古書の迷宮をどこから攻略しようか考え始めた。
薄暗い店内には、天井まで届く本棚が迷路のように
立ち並び、その中を縫うようにして埃っぽい通路が
続いている。
(これを倒すのはさすがに無理だなぁ)
そんな事を思いながらしばし見て回ると、
雑多に見えて、その実、分類はきちんとされている事に気がついた。
民話や伝承の棚を見つけると、琴線に引っかかる物を探し始める。
フリッツとのやり取りが終わったのか、少し離れた場所で魔導具に関する古文書を物色していたアスランは、ふと、キナが立ち止まった棚に目をやった。
真剣な目で本を手に取り、目を走らせては戻す姿。
それが幼い頃と変わらない事が、アスランの表情を
柔らかく解く。
やがてキナが一冊の本に手を止めた様子を見て、
静かに傍へ立ち。
「何か面白いものが見つかったか?」
キナは答えず、手の中の一冊を凝視していた。
微かに震える指先で、恭しくさえ見える様子で、
ページを捲る。そこに目を通してから、
おもむろにアスランに向き直った。
「これ…… 短い物語を集めたように書いてあるけど……魔女の、手記だ……」
アスランはハッと、キナの手元に目を落とす。
「今はもういない、魔力を天に還して消えた、古い魔女の物語。
呼称は書かれていないけど、今でも覚えている魔女がいるかもしれない。……私、この本にする。」
この世にたった一冊の、そして普通はどう考えても
店に並ぶ事などない魔女の手記。
奇跡の巡り合わせにキナの声は掠れていた。
「……そうか。」
短く、低く、アスランは呟いた。
その目はキナの手の中にじっと注がれている。
「……その一冊で、いいのか?
ここには、他にも珍しい本はたくさんあるが……」
アスランは、促すように本の迷宮に視線を巡らせる。
けれどキナは、ふるふると首を振った。
「こんな奇跡のような美しい巡り合わせは
そうある事じゃないよ。」
キナは大切そうに本を胸に抱え、慈しむような視線を
落とす。
キナの言う通りなのだと、アスランにはわかっていた。
この世にたった一冊の手記。
それが今ここにあるのは、自分がフリッツに
「採算など度外視で、とにかく珍しいものを集めろ」と言い続けてきた因果なのだろう。
(なるほど、フリッツが優秀だという証だな)
どこか皮肉にそう思いながら、アスランはカウンターへと踵を返す。
「……分かった。君がそれを望むなら。」
アスランはフリッツへ何事か告げると、
キナが追いつくより早くさっさと支払いを済ませてしまう。
「え、いや、ちゃんと自分で……!」
「いいんだ。」
きっぱりとしたアスランの物言いに、
キナが申し訳なさと戸惑いの滲む声で礼を言う。
「あ、ありがとう……」
アスランはゆるゆると首を振る。
「きっと君は、これから様々な価値のあるものを
手に入れていくのだろう。
その初めの一つを、私からの贈り物にさせてくれ。」
「はい……」
頷くキナに満足気に微笑むと、
「さあ、宿を探そう。キナはどんな宿が良い?」
言いつつアスランは店の外へと足を向ける。
キナは表紙をそっと指で撫でてから、
手記をベルトポーチのアイテムボックスへ仕舞い込み、アスランの後を追いかけた。




