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夜天の魔女  作者: 宵宮 詠
第1章
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3 小さな秘密


(見慣れた天井だ……)


キナは目を覚まし、思った。

気配に視線を動かすと、ベッドの横の椅子にアスランが腰掛けている。

肘掛けに両肘をつき、組んだ拳に額を埋める姿にハッとして、キナは声をかけた。


「師匠……?」


「目が覚めたか。」


弾かれたように顔をあげたアスランから、そっと手が伸びて、キナの目元にかかった夜色の髪を撫でるように払う。


「ごめんなさい……」


キナの第一声にアスランは僅かに息を詰めた。


「……いや。私こそ、悪かった。

君は正しく行動したのに、頭ごなしに叱ってしまった。しかも魔力切れも見抜けず……。」


アスランの顔に苦い後悔の色が浮かぶ。

キナは何も言えずその顔を見つめ続ける。

長い長い千年という時の中で、初めて見るアスランの表情だったから。


少しの沈黙の後。

苦い表情のままアスランは口を開いた。


「だが君、あれはやり過ぎだ。大地の慈悲、

【ミセリコルディア・テルーリス】など……

何故あんな大魔法を使った?

いや、いったいいつ覚えた。」


「咄嗟に……あれしか浮かばなくて……

最近、本で読んだから……」


アスランの眉がクイ、と吊り上がり、キナは慌てて言葉を足した。


「ほら!イメージできればだいたいの術は出来るから!」


アスランは開きかけた口を閉じ深く息を吐く。


「……その稀有な才があったとて、君はまだ経験が足りていない。

どこでどの魔法を選ぶべきかもっと考えなさい。

魔力配分の事だけではない。

あの場であのような大魔法を展開すれば、君が耳目を集める事になる。人々が向けるのは感謝や賞賛だけではな……」


アスランはハッとして言葉を切った。

キナは息を呑んで目を見開いていた。


「……いや、良い。今言うべき事ではなかったな、

すまない。」


再び沈黙が落ちた後、キナがぽつりと口にした。


「……露天風呂入れませんでした。ごめんなさい。」


アスランはまじまじとキナを見つめ、

やがて、ふっと小さく笑った。


「君は、全く…… 宿にはまたいずれ行ける。

それよりもう少し眠りなさい。

私も少しベッドで休む。

さすがに今日は寿命が縮んだからな。」


キナはきょとんと目を丸くしてから、クスクスと笑い出した。


「何千年も生きてるのに、一日分縮んだって誤差ですよ、誤差。」


アスランは椅子から立ち上がるとキナの額を軽く指で弾いた。


「口の減らない弟子め。」


キナは額を押さえて唇を尖らせ、おもむろに口を開く。


「けど師匠。『邪魔だ、人間が!』はないと思いますよ?それ、なんのためにつけてるんですか。」


キナが自分の耳をトントンと叩きながら言えば、アスランはつられた様に耳に手をやった。指先が耳飾りを模した魔道具に当たる。


「せっかく長いお耳を隠してるのに、

人間は人間に人間が!とか言いませんからね?

ほんと師匠はそういうところ…… ふが。」


アスランがキナの鼻をきゅっと摘んだ。


「よく回る口だ。その様子ならもう大丈夫だな?」


そのまま背を向け扉へ向かったアスランの、その長い耳の先が赤く染まっていたのを、キナは見逃さない。

ほくそ笑んで追撃に口を開きかけた時、アスランは取っ手に指をかけたままふと足を止め、


「……とにかく。あまり、心配させてくれるな……」


背中越しに言い置き、扉の向こうへと消えた。

キナはぽかんと口を開いたまま、閉ざされた扉を見つめる。


「……ごめん、なさい……」


ぽつり、呟くと、モゾモゾと布団の中に潜り込む。

頭まですっぽり覆われた暖かな暗がりの中、

キナはキュゥと身体を丸めた。


瞑った瞼の裏に、拳に額を埋めたアスランの姿と

苦い後悔の表情が過ぎる。


咄嗟にあの詠唱が浮かんだ。

それは嘘ではなかった。

けれどそれは、魔力消費の多い術を選ぼうとする癖が出たのだと、キナには自覚があった。


「良いかい、とにかく魔力を使うこった。

使った後に濃ーーーーい魔力を貯めていく。

遠く見える道が一番の早道ってことさ。」


宵森の魔女の言葉が耳に蘇り、キナは更にキュッと小さく丸まった。

意識を深く深く自分の内側に沈めていくと、

夜色の魔力を湛えた器が見えてくる。


(濃い、濃い、魔力……もっと深い、夜……)


そのイメージに応えるように、魔力の器に凝縮された夜の雫が滴って行く中、キナはもう一人の魔女の声を思い出す。


「一個だけ例外があってさ、喧嘩しない仲良しの魔力をもらっちゃうってゆーチートもあんの。

けどそんな魔力激レアだから、チートってゆーかミラクルってゆーか?」


夜の雫がぽたりぽたりと頭の隅で落ちる音を聞きながら、にっこり笑顔で「師匠!魔力ください!」と言っている自分を想像する。


(……絶対零度より低い温度ってあったっけ……)


寒気にますます身を縮めたキナは、チクチクと痛む胸に小さな秘密を抱いて、眠った。






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