3 化け物
アスランは絶句した。
「私の……魔力……。」
呆然とキナを見つめ、次に手の平を見つめる。
何千年も使い慣れた、奇跡にも似た術を生み出す
この力……。それが、キナを、人の理から外れさせてしまった。
「……そんな、馬鹿なことが、あるか。
私が、私の魔力が……君を!魔力暴走の危機に晒し!
人智を超えたものへと……!!」
アスランはハッと息を呑んで、がくりと項垂れた。
「何を聞いても怒らないって約束して」
キナの言葉が脳裏に蘇る。
深く息を吸い、項垂れたまま、震える声を絞り出す。
「言って、くれれば…… あの時…… なぜ……」
言いながら、アスランにはわかっていた。
あの時、選べる手段はあれしかなかったと。
そして「魔女になる」と言われていたら、
自分はキナに魔力を渡せていただろうか、と。
「……アスラン、魔力が膨れ上がって暴走寸前だった時も、私には何の不安もなかったよ?
私を慈しみ、育て、守ってきてくれたあなたの魔力が、私を害するはずがないって、信じていたから。」
アスランは、撃ち抜かれたように顔を上げた。
空色が、キナの真っ直ぐな視線にぶつかる。
「……君は……君はそれだけを信じて……
魔女になったと、言うのか……」
アスランは呻くように続けた。
「なぜ、そこまで……私はお前に、人の身として生きる幸せを願っていたというのに……」
キナは俯き唇を噛んだ。
アスランが望んだ未来と、自分が選んだ未来の距離が胸を刺す。
「……そもそも私は、『人間』ではないでしょう?
種族不明の……言わば『化け物』だ」
ガタン!と音を立ててアスランが立ち上がる。
キナは、その目を真っ向から強く見据えた。
互いに無言の時間が流れ、アスランがまた
どさりと椅子に戻る。
「君を……化け物などと思って育てたことは、ない……」
「うん。『種族不明の拾われっ子』、だよね?」
黙り込むアスランに、そっと微笑みかけて、
キナは続けた。
「そうして、結果的にあなたがいてくれたから魔女になれた。
魔女はこの世の理から少し外れた存在だ。
例えば、新しい魔女が生まれた時、すべての魔女は
それを知る。
海底神殿にさえ、お祝いが届いたでしょう?
六つの光が。」
アスランはその光景を思い出し、頷く。
自分が結界をこじ開けて侵入した空間に、
どこからともなく現れて、何処へか去って行った、
小さな六つの光……
「それに、魔女は不老だ。その膨大な魔力が生物としての老化を止めてしまうから。
だから、あいつが世界の管理者なのなら、
『理から外れた存在』があいつに干渉して、秩序を
書き換えて、あいつの役目を強制終了させなくちゃいけなかった。」
アスランは再び音を立てて立ち上がる。
「待て、キナ。不老……だと……?
君は…… 君は……!」
アスランへ、キナは静かに微笑んだ。
「うん。だからここにいるのはもう、
寿命もわからない、いつ終わるかもわからない
『種族不明の拾われっ子』じゃない。
私は私の終わりを決められる、
『魔女のキナ』になったの。」
続く言葉にアスランの顔色が変わった。
「終わりを、決められる!?
それはいったいどういう事なんだ、キナ!」
キナはアスランを見つめながら
言葉の一つ一つを噛み締めるように紡いだ。
「魔女はね、
自分の生に満足した時、魔力を天に還すんだ。
命を紡ぐ一滴までをも天に還した時
魔女は……『塵』になる。」
アスランは言葉を失った。
時が止まったかのように立ち尽くし
やがて青褪めた唇だけが、声もなく動く
「アウララ」と。
キナは、ゆっくりと頷いた。
アスランは、椅子へと崩れ落ちる。
魔女、不老、キナ、アウララ……
両手で顔を覆い、呻く事すら、出来なかった。




