5 誕生
キナは魔力光の名残を纏い、静かに降り立つ。
どこからともなく六つの小さな光が現れた。
銀、深緑、白、琥珀、桃染、深紅。
六色が、キナの周りをクルクルと回る。
新しい魔女の誕生を、祝福するかのように。
やがて、銀の光が耳元へ飛び上がった。
光に耳を傾け、キナは頷き、微笑む。
静かな時間だった。
アスランは声もなくキナを見つめ、
水晶も光らない。
六つの光が何処へか飛び去り、
キナが一足踏み出す。
一足ごとに、シャラリ、と星屑を踏むような音が
響き、淡い光の軌跡が床に残る。
影の前へ進み出たキナが、問う。
「命は生まれ、消える。消えて、再び生まれる。
世界もまた、生まれ変わるとは、思わない?」
影がジィジィと揺らぐ。水晶が不規則に明滅する。
無機質な声が響く。
「魔力波形、メモリに未確認。解析。
新たな魔女の発生を確認。」
キナは笑った。
そして、両手を高く、高く掲げた。
「始まりの前に在ったものよ
名を持たぬ規則よ
我、夜天は
“其の“正しさより排除され
“其の“庇護より追放される」
「コマンドを確認。
管理下より排除。
マジックナンバー生成。
排除、演算中。」
「その対価を以て
夜天の魔女が希う
ただ
時を経た並び替えを
星は巡り
月は満ち欠け
世界はそれを正しさと呼んだ
今
星は役目を変え
月は軌道を譲り
影は光の後ろへ回る
我は否定せず
我は抗わず
ただ位置をずらす
秩序よ
固定を解かれ
再定義されよ
世界は壊れず
ただ
正しさの向きを変える」
「排除、演算中」——
詠唱が終わると、空気が少しだけ波打った。
その波紋が、この空間を満たしていた異質な魔力を
揺るがせていく。
壁の水晶が狂ったように明滅を繰り返す。
「警告 管理者プログラムに干渉
スペルキャンセル エラー
スペルキャンセル エラー
エラー……
システムに、予期せぬコマンドが実行されマシタ
……管理者権限の、剥奪……エラー……」
影の体が、ぐらりと大きく傾いだ。
それは床へ伏すことはなく、まるでその空間に
縫い留められたかのように動きを止める。
キナは呼吸も忘れ、影を見つめる。
ブン、という低い音が響き、影は掻き消えた。
後には水晶の塊が、佇むだけだった。
「……終わっ、た……?」
未だ魔力の残滓を纏ったキナの呟きが、静まり返った空間に小さく響いた。
「キナ!!!無事か!?」
声と共に背後からアスランが駆け寄ってくる。
キナへと伸ばした手が、その残滓に弾かれる。
アスランは未知のものを見るかのように目を見開いた。
「一体、何が…… その、魔力は……」
キナは、目を伏せて微笑った。
と、その時、声が響いた。
それは身体の内側に響いてくるような
性別も年齢も分からない、不思議な声だ。
「『願い』は届けられた。
定められていた『正しさ』は上書きされ、
新たなる時代の始まりを許可する。
汝、夜天の魔女よ。
汝が望む世界を創造せよ。」
キナはその声に絶句した。
息をする事も忘れ、
ただ頭の中だけがめまぐるしい。
ドクドクと鼓動が響く中
やがて、顔を上げ、すっと息を吸う。
「新しき世界は、その秩序を美しさと定め
生きとし生ける命に変わらぬ営みを与えよ。
新しき創造はその営みを持って成し
古き理より排除されし者は
それを統制するに非ず。
ただ、美しき秩序の中の
一つの魂として在る。」
「……把握した。新たな理は刻まれた。
対価として失われるはずのものは
古き秩序の定義に在り、新しき秩序の中に存続する。
『夜天の魔女』よ。
これは、世界からの礼だ。」
声と共にキナの中に暖かな力が流れ込んできた。
純粋で膨大な生命力。
キナを歓喜が満たしていくかのようだった。
金色と夜色の残り香もその力に包まれて
するりとキナに帰っていく。
——そして、世界に変化が訪れた。
水晶の部屋はキラキラと光に溶け、その向こうから
荒れ果てていた神殿や森が姿を現した。
世界に力が満ち、大地に緑が生まれ、花が音もなく
咲いていく。
目の前で起こる奇跡を、アスランはただ呆然と見つめていた。世界が再生していく様は、あまりに美しく、恐ろしいほどに荘厳だった。
息をすることさえ忘れたように立ち尽くす。
その時、声が聞こえた気がした。
「おはよう!今日も世界は美しいな!」
アスランは弾かれたように辺りを見回し
そして、天を仰いだ。




