1 なくても飛べます
グスタフの船が港へ向かって掻き消えた。
残されたアスランとキナは、空に浮かびながら海底神殿を見据える。
「行くぞ。」
キナは頷き、叫んだ。
「メタモルフォーーーーーーーゼ!」
キナの背中から、一対の翅が生まれる。
夜色の魔力を透かして煌めく、蝶の翅が。
「……君、前回は『月夢揚羽(蝶の羽ばたき)』だったと思ったが……」
「覚えていてくださって光栄です!
前回は『出して飛ぶ』
今回は『浮いてるけど出す』の違いです!」
「……そしてどちらも……」
「なくても飛べます!」
キナは、「美こそ正義!」と妖精のように翅を煌めかせ、羽ばたく。
アスランは、理解できない生き物を見る目でキナを見つめ、やがて、諦めたようにその後を追った。
二人は揃って巨大な門をくぐり抜ける。門の内側は荒れ果てた庭だった。萎れた花、項垂れた木々、朽ち果てた祠。ひび割れた石畳の上に降り立ち、続く崩れかけた神殿へと向かう。
一歩足を踏み入れると、そこは外からはまるで想像がつかない景色だった。
天井は遥か高く、闇に溶けて見えないほどだ。壁はところどころから仄かに青白い光を放って、ホール全体を幻想的に照らし出している。
生命の気配はどこにもなく、ただ古びた石と水の匂いだけが満ちている。
「……静かすぎるな。」
ホールの中心で静止し、周囲を見渡しながらアスランが低く呟いた。
何本かの通路が、放射状に伸びている。
「【センサス・パッシウス(受動探知)】」
キナが翅を仕舞って両手を広げると、薄い魔力の膜が地面を這うように広がっていく。魔力はあくまで受動体であり、何かが発する音や動きを捉える探知だ。
こちらから働きかけることがない分気づかれにくい。
「右斜め前方、奥。多分水音です。
アクティウス(能動)に切り替えますか?」
「いや……そのままで良い。
何者かがいるのなら、わざわざこちらの位置を知らせるのは得策ではない。」
キナは頷き、続ける。
「何か……動き出しました。金属?鉱物?硬質で滑らか。人工物かもしれません。」
「人工物だと?」
眉をひそめ、訝しげに奥の暗がりを見据える。
「古代文明の遺物というならまだ理解できるが……何らかの魔術的な仕掛けか、あるいは我々の知らぬ法則が働いているのか……」
静寂の空間にアスランの声のみが響く。
「行くぞ。」
アスランは滑るようにキナの示した方角へ進み始めた。背後の光が遠ざかり、通路は完全な闇だ。
アスランは星のような光球を頭上に浮かせた。
キナは、探知を展開しながら右手に魔力を集めていた。構えるでもなくただ手の平に球体の魔力を備え、アスランの斜め後方をついていく。
二人は足を止めた。
微かな水音が耳に届き始める。頷き合い、再び歩みを進めると、音は徐々に大きくなってくる。
水音に、金属同士が擦れ合うような、何か規則的で機械的な響きが含まれていた。
通路は広大な円形の空間に繋がっていた。通路はその真ん中でふっつりと途切れ、空に浮かぶ小さな広間へ姿を変えている。
高い天井から眼下の貯水槽へ海水が絶えず注ぎ込れ、滝のような水流が、青い光を乱反射させながら轟音を立てていた。
「ここか……」
周囲を見回すが、視界に映るのは水が激しく流れ落ちる光景だけ。それ以外に動くものは見当たらない。
二人はゆっくりと広間へと進む。
下を覗いたキナが、大きく息を呑んだ。
貯水槽の底に、幾隻もの船が、累々と横たわっている……
その時だった。
アスランが広間に足を踏み入れた瞬間。
センサー カクニン
ドウリョクソウチュウオウニ シンニュウシャ
ケイコク レベル1
ケイコク レベル2
コウゲキプロトコル イコウ
タイショウ ロックオン
無機質な声が響くと、渦を巻く水面が突如として盛り上がり、それは姿を現した。
いくつもの巨大な歯車が噛み合い、回転しながら水中からせり上がってくる。
「なんだ、あれは……!」
アスランが思わず叫ぶ。その空色の瞳が、初めて見る異様な光景に見開かれていた。
その目の前で、歯車は己を肉づけするかのように水を纏って行く。
一体、二体ではない。およそ十体以上のゴーレムが、二人の周囲を取り囲むように水中から出現した。
透き通った体の中で、軋む様な金属音を響かせて。




