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夜天の魔女  作者: 宵宮 詠
第4章
18/65

1 なくても飛べます


グスタフの船が港へ向かって掻き消えた。

残されたアスランとキナは、空に浮かびながら海底神殿を見据える。


「行くぞ。」


キナは頷き、叫んだ。


「メタモルフォーーーーーーーゼ!」


キナの背中から、一対の翅が生まれる。

夜色の魔力を透かして煌めく、蝶の翅が。


「……君、前回は『月夢揚羽(蝶の羽ばたき)』だったと思ったが……」


「覚えていてくださって光栄です!

前回は『出して飛ぶ』

今回は『浮いてるけど出す』の違いです!」


「……そしてどちらも……」


「なくても飛べます!」


キナは、「美こそ正義!」と妖精のように翅を煌めかせ、羽ばたく。


アスランは、理解できない生き物を見る目でキナを見つめ、やがて、諦めたようにその後を追った。



 二人は揃って巨大な門をくぐり抜ける。門の内側は荒れ果てた庭だった。萎れた花、項垂れた木々、朽ち果てた祠。ひび割れた石畳の上に降り立ち、続く崩れかけた神殿へと向かう。


一歩足を踏み入れると、そこは外からはまるで想像がつかない景色だった。


天井は遥か高く、闇に溶けて見えないほどだ。壁はところどころから仄かに青白い光を放って、ホール全体を幻想的に照らし出している。

生命の気配はどこにもなく、ただ古びた石と水の匂いだけが満ちている。


「……静かすぎるな。」


ホールの中心で静止し、周囲を見渡しながらアスランが低く呟いた。

何本かの通路が、放射状に伸びている。


「【センサス・パッシウス(受動探知)】」


キナが翅を仕舞って両手を広げると、薄い魔力の膜が地面を這うように広がっていく。魔力はあくまで受動体であり、何かが発する音や動きを捉える探知だ。

こちらから働きかけることがない分気づかれにくい。


「右斜め前方、奥。多分水音です。

アクティウス(能動)に切り替えますか?」


「いや……そのままで良い。

何者かがいるのなら、わざわざこちらの位置を知らせるのは得策ではない。」


キナは頷き、続ける。


「何か……動き出しました。金属?鉱物?硬質で滑らか。人工物かもしれません。」


「人工物だと?」


眉をひそめ、訝しげに奥の暗がりを見据える。


「古代文明の遺物というならまだ理解できるが……何らかの魔術的な仕掛けか、あるいは我々の知らぬ法則が働いているのか……」


静寂の空間にアスランの声のみが響く。


「行くぞ。」


アスランは滑るようにキナの示した方角へ進み始めた。背後の光が遠ざかり、通路は完全な闇だ。

アスランは星のような光球を頭上に浮かせた。


キナは、探知を展開しながら右手に魔力を集めていた。構えるでもなくただ手の平に球体の魔力を備え、アスランの斜め後方をついていく。


二人は足を止めた。

微かな水音が耳に届き始める。頷き合い、再び歩みを進めると、音は徐々に大きくなってくる。

水音に、金属同士が擦れ合うような、何か規則的で機械的な響きが含まれていた。


通路は広大な円形の空間に繋がっていた。通路はその真ん中でふっつりと途切れ、空に浮かぶ小さな広間へ姿を変えている。

高い天井から眼下の貯水槽へ海水が絶えず注ぎ込れ、滝のような水流が、青い光を乱反射させながら轟音を立てていた。


「ここか……」


周囲を見回すが、視界に映るのは水が激しく流れ落ちる光景だけ。それ以外に動くものは見当たらない。

二人はゆっくりと広間へと進む。

下を覗いたキナが、大きく息を呑んだ。

貯水槽の底に、幾隻もの船が、累々と横たわっている……


その時だった。

アスランが広間に足を踏み入れた瞬間。


センサー カクニン

ドウリョクソウチュウオウニ シンニュウシャ


ケイコク レベル1

ケイコク レベル2


コウゲキプロトコル イコウ

タイショウ ロックオン


無機質な声が響くと、渦を巻く水面が突如として盛り上がり、それは姿を現した。

いくつもの巨大な歯車が噛み合い、回転しながら水中からせり上がってくる。


「なんだ、あれは……!」


アスランが思わず叫ぶ。その空色の瞳が、初めて見る異様な光景に見開かれていた。


その目の前で、歯車は己を肉づけするかのように水を纏って行く。


一体、二体ではない。およそ十体以上のゴーレムが、二人の周囲を取り囲むように水中から出現した。

透き通った体の中で、軋む様な金属音を響かせて。

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