6 出航
翌朝、二人は港へ戻って来た。
居並ぶ船を眺めながらアスランが呟く。
「どれがグスタフの船か……見た目ではわからんな」
すると、一隻の大型帆船の甲板から大きな声が響いた。その船は艶やかな黒檀色で、そこにひらめく旗
には幻の生物と言われる「イッカククジラ」が描かれていた。
「おぉーーーーい!こっちだ!準備はできてるぜ!
さっさと乗り込みなぁ!」
舷梯を登り船に乗り込むと、屈強な船員たちが数人、
二人に軽く頭を下げた。そしてすぐに作業へ戻る。
「どうだ、いい船だろう? 我が愛しの『黒曜の牙号』は。まあ、好きなとこに座ってな。出航まで、まだ
少し時間がある。」
グスタフはそう言うと、操舵室へと去って行った。
残されたアスランとキナは、少し手持ち無沙汰に甲板の上に立つ。
遠くの水平線が、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。さざめく波音、潮の匂いを孕んだ心地良い風。
キナは両手を広げて、すぅっと深呼吸をした。
「アスラン、世界は今日も美しいですね?」
手を大きく広げたまま、キナは幸せそうにアスランに笑いかける。美は、キナの心の栄養だ。
アスランは、驚きを隠さずキナを見つめ返す。
キナは、不思議そうに首を傾げる。
アスランが無言でキナを船首近くの木箱へ誘った。
「よーし、野郎ども! 帆を張れ! 風向きは南東 !
岩礁まで一気に行くぞ!」
後方からグスタフの檄が聞こえる。
それに応じる船員たちの威勢のいい雄叫びも。
やがて船はゆっくりと岸壁から離れ始めた。
錨が上げられ、風を受けた帆がはためく。
黒曜の牙号は滑るように港を出て、開けた海へと進み始めた。
木箱に腰を下ろすと、アスランは遥か水平線を見つめ、口を開いた。
その髪は出航の風に煽られ、キラキラと陽光を反射する。
「……昔、君と同じ事を言った、赤い髪の小さな神がいたんだ……」
アスランの横顔は、穏やかな笑みを浮かべている。
キナはその横顔をじっと見つめて続きを待った。
「その神は、太陽の神だった。騒々しくて、気まぐれで、いつも眩しい笑顔を振りまく……そんな神だ。
毎朝のように私の住処にやって来ては
『アスラン!今日も世界は美しいな!』と無邪気に笑っていた。」
そこまで言って、アスランはふと口を噤んだ。
風に乱れた髪を掻き上げ、遠く水平線の、その彼方を望むように目を細める。
「もう会うことも叶わぬ、遠い昔の話だ。
君がまるで同じ事を言うから、久しぶりに思い出してしまった。」
アスランの胸に神との最後の思い出が過ぎる。
「覚えていてね!」そう言って、二度と現れなくなった赤い髪……
「……私、その神様に会ってみたかったです。
絶対、仲良くなれたと思います。」
「今日も世界は美しいな!」そう言って笑う神の姿が目に浮かぶようで、キナはそっと空を見上げる。
アスランは、くすりと静かに笑った。
「ああ、そうだろうな。
……きっと、君はすぐに気に入られていただろう。
君といると、千年も共にいるというのに驚かされる事ばかりだ。まったく、厄介なものを拾ってきたものだと、いつも思うよ。」
「厄介はひどいんじゃないですか?アスラン。
こんな昔話聞いてくれる相手なんて私しかいませんよ?」
キナも、くすくすと笑って返す。
「でも私、千年生きた実感って、実はないんですよね。拾われた前後の記憶もあんまりないし、
大半が子供時代でしたからねぇ。」
キナはふと視線を落とし、未だ瑞々しい己の手を眺める。キナはその手をキュッと握ると、
アスランへにっこりと笑いかけた。
「まあでも、千年生きてこれぐらいの成長なら、
まだまだアスランと旅していられそうですね?」
アスランは、僅かに目を丸くしてキナを見つめ返す。
その笑顔に眩しげに目を細め、キナの肩を引き寄せた。
それは瞬きの後には離れて行き、アスランは後方へと声を張る。
「グスタフ!神殿があったという海域まで、あとどれくらいかかる!?」
「おう、もうすぐだ! あそこの突き出た岩が見えたら、もう目と鼻の先だぜ!」




