4 海の怪異
「ところで、だ。アスラン。お前に頼みがある。」
唐突に真顔になったグスタフが、低い声を出した。
アスランはゆっくりと顔を上げ、その顔を真っ直ぐに見据えた。先ほどまでのキラキラは鳴りを潜め、空色の瞳は冷たく冴えている。
「……内容による。私の時間は安くはないぞ。」
グスタフは一つ頷くと、
「ちょいと腰を据えて話そうぜ。嬢ちゃんもこっちに来な。」
キナを手招きして、奥まった小部屋へと足を向ける。
二人の後をパタパタと追いかけ、キナはこじんまりとしたテーブルセットの一脚に腰を下ろした。
グスタフがパチンと指を鳴らすと、香辛料がたっぷり
入った異国風のミルクティーが、三人の前に滑るように現れる。
グスタフは勢いよく口をつけて、「アチッ」と呟いて
からアスランを見据えた。
「ここ最近、この辺りの海で妙なことが起きてるのは
知ってるか? 嵐もねぇのに船が消える、なんて話が
立て続けにあってな。俺の仲間も何人か、戻ってこねぇ。」
「海の怪異か。……なるほど、おまえの腕でもどうにもならない、と。それで私の出番というわけか。」
「さすが、話が早くて助かるぜ。その通りだ。
元々海は結界柱の恩恵を受けねぇ。
ちょっとやそっとの魔物にゃあ、やられっこねぇんだがな。
……船が突然消えちまう。その原因もわからねぇ、
ってんじゃ、俺様もお手上げだ。」
キナはゆっくりと香り高い紅茶を含みながら耳を傾ける。
「消える海域は決まっているのか?」
「ここから遠海に出る時に必ず通らなきゃならねぇ
岩礁地帯がある。そこだ。
何やら聞いたこともねぇ声が聞こえる、ってぇ話も
ある。その声に眠らされて連れて行かれる、
なんて話もあるが……ま、こいつぁ眉唾物だな。」
アスランは黙り込む。
じっと何かを考えているようで、キナは声を出すのを
憚られた。
そっとグスタフに視線を当てると、すぐに視線が返って来る。
キナは手の平の月光石を持ち上げて見せて、
唇だけでぱくぱくと礼を伝えた。
グスタフがニッと笑って、「構わない」というように片手を振る。
「……その辺りには、『海底神殿』の伝説があったな……」
アスランがぼそりと呟いた。
「「海底神殿」」
グスタフとキナの声が綺麗に重なった。
アスランはゆっくりと頷き視線を上げた。
「古い……今はもう忘れられた伝説だ。
だが、もしも関係があるとして……何の為に?
何故今なのだ?」
再びアスランが思考に沈む。
そこにグスタフが口を開いた。
「けどよ、アスラン。
『世界はまだ歪んでいる』
お前さん前にそう言ってただろう?
魔王を倒したのに魔物は消えねぇ。
その為にお前は今でも結界柱を手入れし、
『歪み』を消して回ってる。
海もな、ここ数年魔物は増える一方だ。
その『歪み』とやらが、もし大きくなってやがるとしたら?」
アスランはグスタフを見つめ、息を呑んだ。
「……あり得ない話では、ないな。」
「ならまずは、その海域の調査ってこったな。」
「……話が早くて、助かる。」
アスランはグスタフににやりと笑って見せた。




