3 グスタフ
「海賊、か。言い得て妙だな。
確かにあそこの店主は一筋縄ではいかん。」
アスランはキナの手を離し、店の手前で一度足を
止める。
「商売人としても海千山千だが……
何よりあいつは、いささか面倒くさい。」
「面倒くさい。」
「……訂正する。非常に面倒くさい。」
「非常に面倒くさい。」
「うむ。だから君は……なるべく……
黙っていてくれ。」
キナは両手で口を押さえてコクコクと頷いた。
アスランはキナの頭をポンと撫でると
「よし、入るぞ。」
店へと踏み出すアスランの背に
「アイアイサー!」
キナの元気なお返事が響いた。
アスランはただ無言で店の扉を開けた。
どうやら聞こえなかったふりをするらしい。
カラン、とドアベルが鳴り、店内の濃密なスパイスの香りが二人を包んだ。壁一面に並んだ棚には、見たこともない瓶詰めや、麻袋がぎっしりと詰まっている。
「へい、らっしゃい!」
威勢の良い声が上がる。カウンターの向こうで、筋骨隆々の大男がニヤリと笑った。腕には鮮やかな刺青が走り、まさに海の荒くれ者といった風貌だ。
男はアスランを一瞥すると、その隣に立つキナに品定めするような視線を送った。
「ずいぶんとお見限りだったじゃねぇか、アスラン。そっちの嬢ちゃんは見ねぇ顔だな?新しいコレかい?」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、小指を立てて見せる。
視線を受けたキナは静かに微笑み、優雅に会釈を返す。
アスランは店主の挑発的な視線にも動じず、いつものように腕を組み、涼しい顔で雑多な店内を見渡した。
「相変わらず騒々しい店だな、グスタフ。」
「こっちは相変わらずでも、お前さんはずいぶんコレの趣味がお可愛らしくなったようだな?昔はよぉ。」
そこで言葉を切ると、グスタフは両手で自分の体をなぞり「ボン、キュッ、ボン」のジェスチャーをして見せた。
キナは顔に、淑女の微笑を貼り付けたまま、
グスタフの死角でアスランを小突く。
間髪入れず、アスランから小突き返された。
アスランは、何事もなかったかのように懐から小さな布袋を取り出し、カウンターにどさりと置いた。
「頼んでおいたものが届いているはずだ。品定めさせてもらうぞ。」
「へっ、そう焦るんじゃねぇや。久しぶりに顔を見たってぇのによぅ?」
グスタフは袋を眺めるだけで、腕組みを解かない。
そうしてキナを、上から下まで舐めるように見回した。
「そこの嬢ちゃん、なかなかいい魔力を秘めてるじゃねぇか。とんだ掘り出し物を拾ったもんだな?伝説の賢者サマよぉ。」
グスタフの言葉にも、アスランの表情は一切変わらない。まるで石像のように落ち着き払って静かに口を開いた。
「……お前には関係のないことだ、グスタフ。
それより品物を。今日は時間がない。」
「ちっ、つれねぇなぁ。まあいいさ。奥へ来な。お前が欲しがってた、とびきり『活きのいい』素材だ。」
グスタフはようやく袋を掴むと背後の分厚いカーテンを持ち上げ、二人を奥へと促した。
キナはうっすらとした微笑みを絶やさず、
グスタフに軽く頷いて見せてからカーテンをくぐる。
「ついて来な。」
顎をしゃくりながらそう言うと、グスタフは先頭に
立ち薄暗い通路を進んで行った。
外の喧騒は遠のき、ひんやりとした空気が肌を撫でた。店頭に並んでいた品々はすっかり姿を消し、通路の両脇には壁に描かれた海図や不気味な骸骨の模型が、燭台の灯りにぼんやりと浮かんでいる。
(……海賊のアジトだ…… )
キナの内心はその落ち着き払った微笑とは裏腹に、
今にも踊り出しそうなほどワクワクに満ち満ちていた。キョロキョロとあたりを見回したい衝動を、
必死に押し殺す。
狭い通路を抜けると、そこには広大な地下倉庫が
広がっていた。高い天井には魔法の光球がいくつも浮かび、まるで昼間のように明るい。
そこかしこに積み上げられた、木箱や麻袋。
壁一面の棚には、魔獣の剥製や魔導具の部品。
まさしく、海の果てから集められた秘宝の山だった。
「どうだい、壮観だろ? これが俺様のコレクションだ。」
グスタフはキナへ向かってバチンと派手なウインクを飛ばす。
「で、お前が欲しがってたブツは……これだ。」
声が僅かに低くなり、グスタフは近くのテーブルに
無造作に置かれた、黒曜石の箱を指し示す。
箱自体が微かに脈動しており、中から凄まじい魔力が漏れ出しているのがわかった。
よく、あんな魔力を垂れ流している物を無造作に
置いておけるな、とキナは感心する。
同様に、決して「無造作に垂れ流して」などいない
キナの魔力を、グスタフは見抜いていた。
キナはこっそりとグスタフを盗み見た。
一方、アスランは箱の前に進み出ると、慎重にそれを観察し始める。
「……これは、『忘却の海溝』からの遺物か。
生きているな。よくぞ無事に持ち帰った……!」
アスランの瞳はいつになくキラキラと輝いている。
さっそく箱に手をかざし、その魔力の流れを探り始めた。長年追い求めたものを前に、その横顔は真剣そのものだ。
その隙に、キナは自分の好奇心を満たすことにした。箱に夢中なアスランとグスタフを置いて、そっと壁際の棚に近づく。
細かく仕切られた棚の一つ一つには、キナが見た事もない鉱石や宝玉などが並んでいる。
キナの目が、一つの石に止まった。
磨き上げられてもいない、魔力も感じないその石は、真珠の輝きを月長石の仄かさが包み込んでいるような、不思議な光を湛えていた。
目を奪われるキナの背後に、アスランの弾んだ声が
響いた。
「値段は聞かない。その袋の中身で釣りが出るだろう。君がこれほどのものを用意してくれるとは思って
いなかった。助かった。」
「へっ、礼を言うなんざ、明日は槍でも降るんじゃねえか?」
グスタフはガハハと豪快に笑う。
そしてアスランの渡した袋を片手でポンポンと躍らせると
「ま、釣りは充分だな。そらよ。」
グスタフが言った途端、その白く光る石が、ポン、と
キナの手に飛び込んできた。
(バレてた!)
キナは、ギギギ、と二人を振り返る。
「ちょいと釣りにしても多すぎらぁ。
その月光石、気に入ったんならくれてやるぜ?」
ニヤニヤと笑うグスタフと、呆れた顔のアスランに
視線がぶつかった。
キナは急いですまし顔を作る。
そしてローブの裾を軽く持ち上げ、優雅に礼を落とした。




