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夜天の魔女  作者: 宵宮 詠
第2章
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7 アウララ


「……さて。仲直りの記念に、一つ昔語りをしてやろう。」


盃を置くと、アスランはおもむろに口を開いた。

キナは小首を傾げ、良いの?と言いたげにアスランを見やる。

視線を受けて、アスランは珍しくにやりと笑って見せた。


「アウララの話だ。」


その一言でキナの目がキラキラと輝いた。

アスランはわかっていながらダメ押しをする。


「聞きたかろう?」


キナはブンブンと首が取れそうなほど頷いた。

それを見たアスランの脳裏に、千切れそうに尻尾を振る仔犬が浮かぶ。

くく、と喉奥で笑ってから、盃を満たして語り出す。


「気づいているだろうが、あの柱はアウララが造った。結界柱を手がけたのは六人の守護者のうち、アウララ、エルケンスの魔道士二名、そして私だ。

だが、あれほどの魔力回路を組んだのはアウララだけだな。」


アスランは柱にびっしりと組まれた回路を思い出すように口元を緩める。


「あれは!あの回路は!もう!芸術の域でした!

まるで神々が創りたもうた紋様なのではないかと思うほどに!!!

きっとアウララさんもあの回路のように、緻密で……繊細で……美しい方だったのでしょうね……」


うっとりとアウララの姿を思い描きながらキナが言う。


「いや………… 雑だった。」


たっぷりと間を置いてから、アスランが告げる。


「雑……」


アスランは、どこか申し訳なさそうに頷いた。


「アウララが緻密な美しさを追求したのは魔力回路、ただそれのみだった。後は……」


「雑。」


「うむ。……そうだな、彼女は……君に似たところがあった。」


キナが固まる。固まって口をパクパクさせている。


「ああ、いや、そうじゃない。」


雑という意味ではないと、アスランはくっくと笑う。


「彼女はよく『魔法は想像力だ』と言っていた。」


金縛りから解けたキナがハッとアスランを見る。


「そうだ。君は『イメージできればできる』のだろう?アウララも、想像できる魔法はできるし、『創造できる』とも言っていた。

ただ……

君は、イメージできない術があった場合、どうする?」


「……どういう仕組みかを考えて、イメージし直す。」


「うむ。それでこそ私が育てた弟子だ。

しかし、アウララは違った。

できないものはできない。それで投げた。」


「投げた。」


アスランがまた頷く。


「ただ、想像できたものは、強かった。彼女の想像の翼の元ならば、アウララの魔法は最強と言って良かった。……私もエルケンスも、彼女に嫉妬したものだよ。」


キナも想像の翼を広げてみた。

が、嫉妬するアスランはどうしても浮かんで来ない。


「また、アウララ自身も強かった。それが自分の役割だと思えば一歩も引かなかった。


……あの、戦い……


魔王まであと一歩のところで、私たちは挟撃にあった。アウララは、自分が食い止めるから先に行け、と言った。絶対的な結界を構築し、固定し、本当に……馬鹿げた火力の攻撃魔法を撃ちまくって……『こんなことできるの私しかいないでしょ?』と不敵に笑って見せた。」


アスランは言葉を切って盃を口に運ぶ。

キナは固唾を飲んで続きを待った。


「私たちは背中をアウララに預け、魔王戦に突入した。死闘を繰り広げ……最後に魔王と対峙していたのは、私とラエザルのみだった。」


(守護剣聖、ラエザル……)


「私たちが最後の力を振り絞ろうとした時、

魔王が先んじ、これまでで最大の術を撃ってきた。

私にはもう防ぐ力は残っていなかった。

そこに、アウララが追いついた。一人結界を張り、魔族共を殲滅し、そして残った魔力すべてを、魔王の放った術にぶつけたのだ。


……私とラエザルは好機を逃すわけにはいかなかった。なんとか魔王に留めを刺し、アウララを振り返った。

アウララは……塵になっていた……」


キナは喉がヒュ、と音を立てるのを聞いた。

心臓がまるで耳元にあるかのようにドクドクとうるさい。


「弔っても、やれなかった。

死に顔を見せたくなかった、という……

アウララの最後の矜持だったのか……

今となっては答えは誰にもわからんが、な。」


続いたアスランの言葉が遠く聞こえた。

違う、と思ってもそれは言葉にはできない。


(アウララは、魔女、だった……)


魔女が天に還る。

それはただの魔力切れとは違う。

命を維持するための最後の魔力をもすべて天に還し、塵になる。


アウララは、仲間を守るため、最後の一滴までを振り絞り、天に還ったのだ。


キナは、アウララの称号を知りたい、と思う。

魔女の称号はその魔女の物語だ。

アウララの物語を、キナは知りたいと願った。


気づくと頬が濡れていた。

アスランの指が伸びてきて、一瞬躊躇ってから、その涙を拭った。


「泣かせてしまったか。」


キナはふるふると首を振る。

涙を拭った手でそんなキナの頭をポンポンと叩き、

アスランは続けた。


「その後、ラエザルも病で身罷みまかった。

ほんの数十年後の事だった。

それを機に私は隠遁を決め込んだ。

守護賢者の名を捨てて、な。

……だから今の私は、ただのアスラン、だ。」


「アスラン……」


その名を繰り返し、キナは涙の名残を拭う。

そして、キラリと悪戯な笑みを宿すと


「アスラン。

おお、なんだか新鮮に響きますねぇ……。

どうぞわたくしめのことは、『キナ』とお呼びくださいませ、アスラン?」


ころりと雰囲気を変えたキナに、アスランは「敵わない」と言いたげな苦笑を浮かべる。


「呼んでいるだろう。」


「いえいえ、主に『君』とか、『弟子』とか呼ばれておりますよ?」


「……良いだろう。では、キナ。そろそろ休みなさい。明日は港町、スヴェイヤだ。」


「……はーい。」


しぶしぶ返事をするものの、キナはこの時間が名残惜しくて仕方がなかった。

ぐずぐずと立ち上がり、なぜか衝動的にアスランへと手を伸ばしてしまう。

つい、と片眉をあげたアスランはその手を取ると、エスコートのようにキナを小上がりの縁まで導いた。


「キナ姫は、ずいぶんと甘えん坊らしい。」


くつくつと笑うと、ひょい、とキナを横抱きに持ち上げる。

見事に固まったキナを続き部屋に運び、そのままベッドに突っ込んだ。


「ぴゃっ!?」


キナから間の抜けた声が上がり、アスランの笑いが深まる。


「ゆっくり、おやすみ。」


踵を返すアスランを、キナが呼び止める。


「アスラン…… アウララは……満足だったと、思います……」


アスランは驚いたように振り向き、長い沈黙の後、頷いた。


「……ああ、私も、そう思う。」

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