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夜天の魔女  作者: 宵宮 詠
第1章
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1 師と弟子


 鬱蒼と茂る森を抜け、二人はぽっかりと開いた街道へぶつかった。

アスランはすらりとした長身に見合った歩幅でたゆみなく街へと足を向ける。


キナは梢の落とす影の中から、その背中を見つめた。


長い金髪が煌めき、まるで陽光の化身のようだ。

千年を共にしてもなお、こうして目を奪われる瞬間が

ある、ハイエルフにのみ許された造形。


光に溶けて消えてしまいそう……


深い夜の色の瞳を眩しそうに細める。

キナの気配が追いついて来ないことに気づいたアスランが、通常運転の不機嫌顔で振り返る。

白いローブが鮮やかに(ひるがえ)った。


「……何をじろじろ眺めているんだ。」


キナは木陰からさんざめく陽光の中に躍り出る。

そして夜色の髪を(なび)かせながら、

スタスタスタとアスランに近づいた。


「神の采配により完璧に配置された目と鼻と口を眺めています。(しか)め面にも皮肉な笑みにも揺るがない『絶対概念としての美』であり光輝く儚げ美人の『罪深き外見詐欺』です。」


一息で言い終えると、にっこりとアスランを見上げる。

見下ろすアスランは盛大に眉間に皺を寄せ、一瞬首を傾げ、また皺を寄せた。


「……相変わらずの『美の賛美』かと思ったら、

君、絶妙に褒めていないな?

おまけに私の顔は背中にはついていないぞ。

全く……幼かった拾い子は、ずいぶんと口が達者になったようだ。」


アスランはやれやれと首を振る。


「それよりも今日の宿だ。さっさと歩け、弟子。」


言えばその足取りが容赦なく速まる。

キナは濃茶色のローブをはためかせ、必死に追いつきながら問いかけた。


「師匠、いつも思うんですけど、なぜ徒歩なんです?急ぐ時ぐらい転移魔法でも良くないですか?」


キナからの素朴な疑問にアスランは歩調を緩め、やれやれといった風に首を振り、二人のすぐそばを流れる小川を指し示す。


「君は、この川の源流から流れ出る水の一滴がいつか海に辿り着くような、そんな旅をしたいとは思わないか?世界の広さ、そしてそのことわりを知るには、こういった道程も必要だ。」


「そこは同意しますけど、急いでる時ぐらいはこう、

柔軟な対応があっても……」


ゴニョゴニョと言いつつもキナは知っていた。

幼いキナが留守番だった頃、アスランは三日と家を空けたことはなかった。

キナの為に転移を使い、最短で用を済ませていたのだろう、と。


キナの足が一生懸命に動く。

アスランは、口をつぐみせっせと自分に肩を並べる小さな頭に、一瞬口元を緩める。


「……まあ、いざと言う時は容赦なく跳ばせてやるから、覚悟しておけ。」


ほんの僅かにからかいの滲んだ声で告げると、キナはアスランをパッと笑顔で見上げ


「はい!その時のためにしっかり準備しておきますよ!」


むん、と力こぶを作って見せた。

今、キナが考えていることは、いかに転移酔いをなくし美しく跳ぶかだ。


「君の覚悟はどうやら明後日の方角を向いていそうだが…… まあ良い、今は風呂と飯だ。」


アスランが指差すと街はもうすぐそこだった。


「お風呂とご飯…… よし、急ぎましょう!」


キナの足取りが「お風呂とご飯」で軽くなったのを

見て、アスランは、ふ、と溜め息のような笑みのような息を漏らした。


 もうじき日が傾く時刻。城門には街へ入る行商人や旅人が列をなしている。

蹄の音、人々の騒めき、夕刻の鐘の音。


二人も列に並び、その風景の一つとなる。


「いやー、今回は良い仕入れができた」

「……その時シャドウウルフが現れてさ」

「お父さんもう疲れちゃったよー」


様々な声が飛び交い、キナはそれらを微笑みながら耳に入れる。

アスランは「(やかま)しい」と如実に書いてある顔でフードを目深に引き下す。

そのフードの奥から


「さて。いつもの宿にするか……新しい宿を探してみるか。」


言いつつキナに視線を向ける。

キナはパッと顔を明るくして精一杯に爪先立つと、

アスランの耳元に口を寄せた。


「『旅人の泉亭』。

ちょっと遠くてここから街の反対側ですが

天然温泉の大浴場があるそうです。」


アスランは目を見開いて問う。


「君どこでそれを?」


「ふふふん。師匠が顰めっ面で耳を塞いでる間に、後ろのおじさんが言ってるの聞きました。

こういう場所こそ情報の宝庫です。」


アスランは顰めっ面に戻りながらも頷いた。


「……少し歩くが問題なかろう?」


「ありません!ビバ露天風呂です!」



キナが元気に返事をした瞬間、

森がざわめき鳥達が一斉に羽ばたいた。

足元から小さな振動が伝わってくる。

キナとアスランが顔を見合わせたその瞬間、


「ゴォォォォ!」


という音と共に地面が揺れた。

森の向こうで砂埃が空まで舞い上がり、

地鳴りが響く。

見張り台の警鐘がけたたましく空気を震わせる。

人々の列は瞬く間に崩れ、我先にと城門に殺到した。

怒号、悲鳴、馬のいななき。森へ取って返す冒険者たち。


二人も瞬く間にその渦に巻かれ、揉みくちゃにされる。


「スタンピードか。」


眉間の皺を深めたアスランが人波によろめくキナを引き寄せた時、二人は転げるように波から弾き出された。

火のついたような子供の泣き声にハッと振り返ったキナは、アスランの腕から逃れ、その顔を仰ぐ。


「師匠、行って!」


目を丸くするアスランをよそに、

キナは声を張り上げた。


「皆さん落ち着いて!私たちは魔術師です!

必ず守ります!押さずに一列に!!!」


拡声と鎮静を乗せた声。

地面に手を突き、始める詠唱。

その姿に、アスランは「ちっ」と舌打ちをしながら地面を蹴った。

白いローブが翻り、その身は森へと空を切る。

キナの声が朗々と響く。



「地の精霊よ

理に未だ至らぬ者がその慈しみを請う


みましの育みに集いし者を

汝の懐に抱き

安らかなる事を護り賜え


汝の実りを祝い

汝の恵みにぬかずく者に

大いなる慈悲を与え賜え


【ミセリコルディア・テルーリス(大地の慈悲)】」



詠唱が終わると、大地から新芽のように魔力が立ち昇る。それは門と人々を覆うように繁っていき、半球体の守護と成る。

キナは、暫し手をついたまま術の固定化を図った。


やがて喧騒がどよめきへと変わる。

城門の混乱が収まるのを見届けると、キナは森へ向き直る。

風が運ぶ魔物達の屍の匂いと冒険者たちの剣戟(けんげき)の音。


(師匠のところへ!)


キナは森へと飛び立った。










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