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【超短編小説】きのこ

掲載日:2025/12/27

 巨大な茸がそびえ立っているのが見える。

 距離感も曖昧になるくらいに大きな茸は、ここから見る分には大理石で彫られたみたいに滑らかな茎に、重厚な傘を開いていた。

「また大きくなった?」

 ナツキの声はまだ寝起きの温度だ。

「あぁ、少し広がったな」

 おれもその温度に合わせてゆっくりと答える。


 実際に巨大な茸の菌糸は着実にその範囲を広げていて、あと1ヶ月もしないうちにこの辺りも避難区域に指定されるだろう。

 近所の学校にも小さな茸が生え始めている。野次馬に行った生徒が持ち帰ったものだろう。


 そういえば学校と茸類は似ている。

 学校と言うひとつの巨大な存在は、その内部で生徒という菌糸的な存在が網の目状に広がって初めて認識される。

 さらに言えば、学校を出て社会に出ると言うことは胞子となって飛び散ると言う事であり、つまり社会全体はひとつの巨大な群体生物であると言える。


 寝起きのナツキは不思議そうな顔で首を傾げた。

 おれはナツキの頭を撫でながら笑った。

「つまり、おれとナツキに差など無く、つまり殆ど近親相姦なのかも知らないな」

「そう思う?本当に?」

「いや、妹を抱く気にはなれないな」

「姉萌えだものね」

「無いものねだりさ」

 左腕の上で転がりおれを見つめるナツキの眼は、まるでおれ全体を包む菌糸を伸ばしているようだった。


 ナツキはその目を細めながら布団を引き寄せた。

「今でも姉萌え?」

「28歳のお姉さんがいいな」

「中学生なんて食べる価値も無いわよ」

「可食部は多いだろ」

 おれにはまだ時間が必要だ。

 それを熟成と呼ぶか腐敗と呼ぶかは、まだ判断がつかない。


 窓を閉めてカーテンを引くと、光を追い出した部屋は満足気に暗い顔で笑った。

 なにか飲んで煙草を吸いたいが、もう寝てしまうだろう。


 おれがナツキの布団に入り込み目を閉じると、ナツキはおれの腕を引いて頭の下に敷いた。

 世界よ終われ!

 おれたちがこれ以上、醜くならないうちに。

 こうやって眠っておれたちが目覚める頃にはすっかりあの巨大な茸が伸ばした菌糸に包まれて、ひとつの巨大な茸類に変貌していることを夢想する。

 その時ナツキは、やはり茸類に変貌するのだろうか。毒虫かも知れないし、そうなったらナツキにはおれを食べて欲しい。


 ナツキが目を閉じたまま、おれの他愛無い妄想を見抜いたみたいに

「死ぬってことは、摘み取られるってことなんだよ」

 と言った。

 おれはすぐには答えず、痺れはじめた腕が腐って死んでいくのを想像する。

 死んだ茸類は腐った後にどうなるのだろう。


 おれは自分の左腕が毒虫になったナツキに食われていくのを少し見てみたくなった。

 食まれた左腕はゆっくりと、繊維に沿って裂けていく。

 裂目からおれの破片が飛び散り、やがておへの部屋はおれの破片が飛び散ったところからおれが生えていく。

 毒虫になったナツキが食べきれないほどのおれと言う茸で埋め尽くされた部屋!


 きっとモサい防護服を着た男たちがやってきて、全てを駆除してしまうだろう。

 そこで妄想は終わりだ。

「誰に摘み取られるんだ?」

 ナツキに訊いた。

「何か、だよ」

「どうやって?」

「わたしたちがキノコを取るみたいにさ」

「でも食べられるキノコなんてそうそう見つからないんじゃない?」


 

 そう、可食茸類は簡単に見つからない。

 目につく、すぐに見つかる、そんなのは大抵が有毒な茸類だ。

 あの巨大な茸も有毒だ。

 おれたちが茸になったとしても、きっと有毒だ。

 だからすぐに摘み取られることは無い。

 運悪く、何かに見つかった茸から摘み取られていく。


 おれは冬虫夏草が陰茎と似ているだとか、子宮はオニフスベかも知らないなどと余計なことを言いそうになるのを堪えて

「おれたちも摘み取られたら乾されるのかな」

 と訊いてみた。

「それが走馬灯よ」

 ナツキは笑っておれの首筋を噛みちぎった。

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