証明
大学の図書館ではどうしても見つからず、県立図書館に行った所思いのほか捗り、気が付けば腹の虫が獅子の鳴き声の如く鳴り響いた。
チラ、と人の視線が飛ぶ。
恥ずかしさのあまり閲覧室を出て、いったん食事へ行こうと近くのミッション系大学の食堂へと足を向ける。
学生優先の時間は過ぎているから今の時間なら食べられるだろう。
軽い財布を撫でながら外へ出れば冷たい風が刺さった。
海沿いの高級住宅地に近い為アクセスは悪くないのだが、いかんせん安い食堂など近くには無くちょっと行った所にあるのは高級スーパーだ。
決して足を踏み入れるわけにはいかない。
誰かの奢りでもない限り。
正月セールで手に入れたダウンもどきは暖かく口元までネックウォーマーを上げれば耐えられそうだ。
信号を渡り切ろうとした時絶対零度かと思うほどの冷たさが指を這う。
「ひぃんっ」
思わず振り返ればニンヤリと笑う先輩だ。
なぜ、なぜ手袋をしているのにこんなに冷たいのだ、まるで。
「やあ土曜なのに図書館なんて色気のない話だね」
バイト先の先輩というだけな筈だが最近妙にプライベートでも顔を合わせる機会が多い。
「なんっすかあ、びっくりしたじゃないですか」
はは、と乾いた咳の混じった流すような返事。
顔色が青白い。
こんな寒空の中細身の体脂肪率一桁であろう体が寒々しい。
「て・・・図書館に居るのを知られてるってのは先輩も土曜なのに図書館にいたんですか」
しかもわざわざ後をつけてきて声をかけてくるという事は忙しく、いや暇なのだろう。
行きますか?と大学食堂を指させば首を傾げた先輩に「食堂ですよ、顔色真っ青ですから取り敢えず建物入りましょう」と腕を引いた。
内部はピークを過ぎたようで、人はまばら。
たっぷりと暖房が効いて幸せな風を纏わせ安心して防寒具を脱ぎ席とりの為に置く。
「ここで待ってますから先にご飯とってきて下さい」
温かいものを早く食べたいだろうと気遣ったつもりだった、が。
途方に暮れた顔をされる。
まさか。
いや、そういえば先日一緒に格安店に朝ご飯を食べに行ったときは全部自分が注文して取ってきたんだったか。
「とってきますけど何が食べたいですか」
「温かいなら何でも」
にっこりと笑って正面の席に腰掛ながら財布から五千円札を出す。
「そんなにいらないですよ」
「二人分なのに?」
奢りならば話は別だ。いやそれでもこんなにはいらない。
何故なら一番安い素うどんを食べようとしていたぐらいだ。
「高い定食食べますよ」
脅すように言ってもどうぞと優雅に掌を見せたものだから遠慮はしない事にしよう。
定食の日替わりは奇跡的に残っており、しかも小鉢も残っている。
普段の栄養不足の解消だと定食を二つ、小鉢をそれぞれ三つずつ。
それでも二千円ちょい。
トレイを運んでついでに熱いお茶を汲んでくる。
お釣りをレシートと一緒に渡せば驚いた顔だ。
この間電子マネー決済で金額見てなかったような気がしたのは正解だったらしい。
「いただきます」
手を合わせ深く先輩と調理と素材の作り手に感謝をする。
さて、温かいうちにいただかねば食事に失礼というもの。
もりもり食べて空腹が少し収まったころに顔を上げればにこにこと微笑む様になんだろうと疑念がわく。
「この間も思ったけれどよく食べるねえ、見ていて気持ちがいい」
いまだトレイの半分以下の量が残るのを見てしまった。
多かったかと反省しているといやいやと老獪な笑みに変えたままお茶を持っていかれた。
「全部は食べられないけれど、色々食べたいからねぇ。君のも摘んでいいかな?食べきれなかった残りは食べていいからさ」
差し出された空の湯飲みもなんのその、喜び勇んでお茶のお代わりを持ってきて渡す。
結局自分の分も含めて更に三回お代わりに行かされたのはまあいいとしよう。
「所でわざわざ来ていたという事は君のところの大学図書館では無かった資料なのかな」
「そうなんです、あると思ったんですけれどね」
「確か今は古代の災害と怪異についてレポート出すっていっていたけど、何が足りないのかな」
軽口ではなく本当に純粋に相談に乗ってくれるようだ。
「九州歴史資料館でずっと講座やっててそのレジュメをお願いすれば見れるんですよ、んで大宰府天満宮文書の講座のを読んでたら興味が出まして。これは、この文書も目を通さなければってなったんです。
勿論、日本書紀と三代実録と太宰府市史は大学にあってそれは必要分書き出したんですけどね」
あごを軽く爪で掻くような仕草で首を傾けた。
「牛鬼と災害の時期について照らし合わせてる?」
流石だ。
この人の専門外だろうにどこからこの知識を持ってきてるのだろう。
だが今日のはほんの少しずれている。
「オカルトに寄っちゃうので評価は多分いまいちなんですけど、石見の方で濡れ女と牛鬼ってセットで出るんです。だから何か手掛かり無いかなって思って調べているんですけどね。
まあ空振りでした」
「ははっ、安易に牛女と濡れ女を繋げるからだろう。あれは予言獣だ」
「牛女っていうか件のことですね、いやこっち九州をメインで考えるならアマビエや河童を推した方がよかったって事ですかね」
アマビエは熊本の伝承だ。
近年コロナ流行により日本中で発信されたが基本的に己をしらしめよという類と考えている。
ならば河童か。
膝を打つ。
先輩、と声をかけながら同じようにニンマリと口角を上げて見せる。
「折口信夫氏曰く河童伝承は九州一円吹き溜まりだそうで」
だが河童は調べれば調べるほど地域差がある。
神の成り果てから元からの妖怪のようにも。
そも、水精か木の精かもわからぬ。
「久留米の河童は巨瀬入道が有名だろう」
「九千坊河童でしょう!」
久留米という一地域ですらこうだ。
ああと頭を掻きむしって突っ伏す。
「テーマを変えるべきかな」
『そうした方がいいだろうね、だって証明できない事だろうに』
そうだね、と先輩は勝手に僕のリュックからノートを取り出して見ている。
災害と怪異の書きだした所をなぞって。
「特に気になっているのは天武七年筑紫大地震?」
さとりが、失礼、先輩が特にマーカーもひいていないのに当ててきだした。
「まあ、そうですけど。でも」
止まる。
証明できないと誰が証明するのか。
それこそ悪魔の証明。
先輩と目を合わせてゆっくりと隣を振り返る。
「日曜はバイト入ってなかったね。行こうか」
先輩はトレイを持たずに立ち上がった。
「どこへ」
せっせと先輩と自分のトレイを一つにまとめて立ち上がるとギラリと輝く瞳が射貫く。
「決まってる。天智天皇発願の太宰府観世音寺と久留米の河童ツアーさ!」
「待ってください」
叫んだ。
急な出費は誰持ちですかぁー!と。




