茶色いおじさん
先輩の友人から倉庫業務の人員不足で困ってるから行ってこいという理不尽な命令である。
先輩はというと、知的好奇心を満足させる以外の労働はしない事にしているそうで。けっ。
待ち合わせ場所に行ってみれば大変可愛らしいお洋服を召した綺麗さんが立っているので不満は消し飛んだが。
名を真澄さんと仰るそうで声も鈴を転がしたようなハスキーボイスにキャラメルアーモンドのような甘そうな瞳を細くして「来てくれてありがとうねぇ」とお礼まで言ってくれるではないか。
ここ久しくありがとうなんて言ってくれる人はいなかったから見えざる天使が竪琴をかき鳴らしている幻聴が聞こえた。
聞けば歳はと同じで、倉庫業務もタッグを組むことになるそうで。
親切で更に愛想もよく更に更に褒め上手。
家も近く良かったら送っていくという言葉に甘えて車内で話すうちに互いにオカルティズム愛好者が判明。
最近の話をしている内にそういえば小さい人って知ってる?という事に。
「都市伝説的なやつですよね」
「そうそれ。時々一緒に居たパートのお姉様から聞いた話なの。筑後の方でお嬢さんが介護職についているんですって」
最初は虫が出るからどうにかして。
という話だったらしい。
茶色いでかめのアレだ。
いやだなーって思いながら殺虫剤を手に向かうけれどいない。
そんな訴えが2,3度続く。
一人じゃない、複数人。
野郎ならてめえでなんとかしろって言ってやるんだけどとはお嬢さんの談。
男でも虫ダメな人多いですから男女差別だめっすよと口を挟む。
害虫駆除の業者を頼んだ後も利用者からの訴えは続く。
変だとは思いつつ日々の業務に忙殺される中、結構仲が良い可愛らしい利用者さんが手招きをしてきた。
どうしました?と聞けば茶色いあれ、あれね。おじさんだったのよ、と。
は?と顔にも出ていたのだろう。
「だからね、茶色いの虫だと思ってたんだけど、茶色い股引はいた頭部が若干寂しいおじさんだったの」
はあ、とため息とともに「そのおじさん何してるんですか」と問えば。
「時々水を飲んでるの。大きさはコップぐらいで一生懸命飲んでるのよ。でもおじさんだからあんまり可愛くなくて」
やってる事は妖精さんである。
だが、まあ、妖精もかわいいのとかわいくないのがいるらしいし。
「ブラウニーっていうイギリスの妖精的なのがいるらしいですよ。
茶色い服を着ている事もあるそうで、ちょっとした家事を手伝ってくれる時もあるって。
夜こっそり忘れている体でミルクやクリーム、はちみつを塗ったパンを置いていると食べるって本で読んだなあ」
まあそうなの?やってみようかしらと少女のように微笑えんだ顔を見ながら不思議なこともあるもんだなとその日は思った。
それから時々茶色いおっさんの話は他の人からも聞くけれども何の害もないならいいかと放っている。
だって忙しいのだから。
どれくらい経ったろうか、この間話をした人とは別の仲良くしている利用者さんがお願いがあるのと談話室で腕を優しく捕まえられた。
怪我しているの助けてあげてって言うのだ。
茶色いおじさんですか?と聞けば首を振る。
セーラー服の女の子がたくさん怪我しているの、かわいそう。
もう片方の手でその子の体をさすっているような仕草だろう、腕を動かしている。
もう私じゃ手に負えなくて。
可哀そう可哀そうってさすりながら泣きそうな声で。
本当に優しい人なのだ。
だから利用者さんの隣に座った。
「その子はもう治らないんです、死んじゃってるから」
ええ?って顔で首を傾げた隣で女の子は悲しそうにこっちを見ながらいなくなった。
最近、一番近い駅で飛び込みがあったのだ。
噂によれば教育家庭の三女で優秀な姉と兄と比べられてここら辺では結構偏差値が高い所に合格したのに兄も姉も行った市内一番の学校に合格しなかったからって酷く責められたらしいの。
それを苦にして・・・
でも不思議なのは女の子を見た利用者さんってその方だけなの。
なんだろうね、その施設・・・っていうか人?
小さい人と死んだ人を見る能力って違うのかな?
いつのまにか窓ガラスに雨が落ち始めている。
「それって」
「ああ、両方見たって言ってた。
気になって私も行ってみたんだけど、女の子はいたんだけどおじさんは見つけられなかったなあ。
結局さ、なんなんだろうね、茶色いおじさんって」
やっぱり先輩の関係者もちょっと変わってるのかもしれない。




