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触れられない手


「ひな~。早く起きないと遅刻するぞ。今日対局なんだろ?」

 

 朝7時。

 もはや日課となっている『ひなを起こす』ために彼女の家に赴き、部屋のドアを開ける。

 遮光カーテンなので部屋の中は真夜中のように暗い。

 本来ならずかずかと歩いてカーテンを開け、布団をはぎ取りたいところだけど、ひなの部屋に入る時は注意が必要だ。


「電気電気と」


 呟きながら壁に手の伸ばす。

 ついにスイッチを見つけて、俺はそのまま部屋の電気をつけた。

 そして目の前の現れたのは床に散らかされた大量の棋譜用紙の数々。

 特に部屋の真ん中に置かれた将棋盤の周りが凄いことになっていて、足の踏み場もない。

 もし電気をつけずに入ったら思い切り転んでいたことだろう。


「……にしても今日は特に多いな」


 この光景に慣れているからこそ感じたことだった。

 そこまで今日の対局は気合が入っているということなのだろうか。

 俺は棋譜用紙を踏まないようにして部屋を進み、ひなが寝てるベッドまで向かった。

 気持ち良さそうに寝息を立てているひなを布団越しに揺らす。


「ほらひな。起きろよ」

「んんぅ……。やぁだ……。あと5分……」


 二度寝の常套句のようなことを寝ぼけ声で言いながら布団にもぐろうとするひな。

 すかさず俺は容赦なく布団を全てはぎ取ると、ハムスターのように丸まり始める。


「ううぅ……。さむい……。ともぉ、布団返して」

「ダメだ。対局に遅れても良いのか?」

「……それは駄目」


 さすがに女流棋士。

 しっかりと線引きはあるようで、ひなは眠け眼な状態でベッドに座る。

 カックンカックンと頭で舟を漕いでるところを見ると相当眠いのだろう。


「……ん」


 何かを訴えかけるような目を向けながらひなが両手を伸ばしてきた。


「なんだ?」

「……立ち上がらせて」

「お前な……」


 ちなみにこれは毎度のことだ。

 寝起きで上手く体が動かないのは分かるが、これくらいは自分でやって欲しいものではある。

 そしてひなの手に触れようとしたところで、昨日鈴さんに言われたことを思い出す。


 『――普通は女の子をおんぶしたりしないんですのよ!』


 『――将棋界初の女性プロ棋士になるかもしれない。あなたが接しているのはそういう人物なのです』


 記憶の奥で眠っていたものが目を覚まし、それが俺の手を止めていた。

 ひなは俺が直前で動きを止めたことを不思議に思ったようで、首を傾ける。


「とも……?」


 名前を呼ばれてハッとし、俺は自分の手を引っ込めた。


「は、早くしろよ。朝ごはんは出来てるからな」


 そう言って俺は逃げるようにひなの家を後にした。


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