女流棋界のトップ層
「……え? そう……なのか?」
今まで気にしたことなどなかった。
確かに周りで女の子をおんぶしているような奴はいない。
「でもひなは幼馴染みだぞ?」
必死に抗おうと頭に思い浮かんだ言い訳を叫ぶ。
こんなの何の意味もないことだと分かっているが、どうしても認めたくない自分がもがいていた。
そしてそれは鈴さんの手によって簡単に打ち砕かれてしまう。
「幼馴染みというのは関係ありませんわ! 高校生にもなってそんなにくっついてる男女なんて居ませんもの!」
「そ、そんなにくっついてるか?」
「くっついてますわ! おんぶの件もそうですし、手を繋いだり、一緒に帰ったり!」
興奮した様子の鈴さんの口から次々と出てくる証拠の数々。
どれもこれも心当たりしかないから、まごうこと無き真実だろう。
……というか、結構見られてるな。
一緒に帰ったりしているのはまだしも手繋いだりおんぶしたりとかは、一応人目がつかない場所でしているつもりだったけど。
「とにかく! 今後星宮お姉様にはなるべく近づかないようにしてください! たとえ幼馴染みだったとしても!」
「いやいや、そこまで言われる筋合いはないだろ」
俺とひなの距離が近すぎるということは100歩譲って理解した。
しかしだからと言って制限をされることはないだろう。
鈴さんにとっては何度か会っているつもりだろうが、俺からしたら初対面なのに変なところまで踏み込んでくる奴だ。
正直に言ってあまりいい気持ちはしない。
「……お忘れですか?」
「え?」
「あなたの幼馴染み……星宮お姉様は今や女流棋界のトップ層なのですよ」
一瞬で背中が凍り付いたような感覚だった。
それは気温が低いからではない。
知っていた事実をしっかりと受け止めてこなかったことを自覚した。
そのことによる焦りと恐怖から来るものだ。
「奨励会にいるから出れる女流棋戦は限られています。でも出場できるタイトル全てを獲得しても不思議じゃない。それどころか、将棋界初の女性プロ棋士誕生になるかもしれない。あなたがいつも接している人物はそういう人物なのです」
喉が渇いて仕方がない。
寒気が止まらないのになぜか口の中だけは熱を帯びていて、からっからになっていた。
「この意味分かっていただけますね?」
「……」
言葉を返すことはできなかった。
沈黙が訪れると鈴さんは一度頭を下げてから俺の横を通り過ぎていく。
「いきなり押しかけてきて申し訳ございませんでした」
心底申し訳なさそうな声をしながら伝えられ、彼女はそのまま姿を消す。
俺は暫くこの場から動けなくなってしまいスーパーに行く目的も忘れて家へ帰った。
もちろんひなに文句を言われたが、謝罪を繰り返してなんとか許してくれた。
鈴さんに会ったことは一切言っていない。