宙に浮きたい
12月の外は昼間で太陽が出ていたとしても寒い。
太陽が出ていれば日向は温かったりするけど、残念ながら今日はご機嫌斜めなようで雲に隠れて出てきてくれなかった。
そんな寒い道のりを数十分歩いて、俺とひなは電車に揺られている。
現在の時刻は昼過ぎ。
平日なので車内はガラガラだった。
どこでも座れるというのに、俺は椅子の端っこ。ひなは隣に座っていて、俺にかなり寄りかかってきている。
しかし彼女自身がめちゃくちゃ軽いので重さなどは感じない。
強いて言うなら人の目があるからもう少し離れて欲しいくらいか。
「お前……良いのか? 仮にも天才女流棋士だろ? テレビにも取り上げられてるのに、そんな状態で」
「良いの。だって今は誰も居ないから」
「そうだけどさ、誰か乗ってくるかもしれないだろ?」
「その時はちゃんとする」
だからと言わんばかりにひなはさらに体を俺に預ける。
とは言ってもやはりそこまでの重量ではない。
……まあ、ひなが良いならいいか。
「そう言えば今更だけどさ」
一つのことを片付けてスッキリしたからなのか、俺の頭に気になる疑問が浮かんだ。
「何で俺も行く必要があるんだ? 対局のことならひなだけで良いだろ?」
するとひなは眠たげな目を向けながら答えた。
「師匠が前言ってたの……。『次私の家に来るときは彼を連れてくるように』って」
「それまた何でだ?」
ひなの師匠――掛川先生とは会ったことはある。
ひなが白姫のタイトルを獲った時に軽く挨拶をさせてもらった。
しかし当然ながらそこまで深い話をしたわけでもないし、関係値を築けたとは思えない。
行くのは構わないが正直に言ってお荷物なのではないだろうか。
「タイトル戦の時、ともが一緒に来てくれたでしょ?」
「あ~。お前が対局会場を将棋会館だと思い込んでたやつか」
記憶をほじくり返して聞き返すと、ひなはコクンと頷いてから言葉を返した。
将棋のタイトル戦というのは地方のホテルや旅館などで行われることがある。
ひなは白姫が初めてのタイトル戦なので念のため確認したところ、まさかのいつもの将棋会館だと勘違いしていたのだ。
そして俺は急いでひなの家へ行き、荷造りをして新幹線などのチケットも手配して、一緒に対局会場に行って何とか前夜祭に間に合わせたのだ。
「その話師匠にしたら『ぜひお礼を言いたい!』って」
「ああ、そう言うことか」
てっきり内緒にしているものだと思ってたけど、ちゃんと言ってるんだな。
『次は市ヶ谷~。市ヶ谷~。お出口は右側です。お忘れ物などなさいませんよう、ご注意ください』
「お、次か。そろそろ降りるぞ」
「……抱っこ」
「お前な……。高校生なんだから自分で立てよ」
「ケチ」
お願いを拒否するとひなはハリセンボンのように頬を膨らませる。
怒っているつもりなのだろうが、俺は今ひなのほっぺを押したらどうなるんだろう、なんてことを考えていた。
「家だったらしてくれるのに」
ぶつぶつと文句を言いながら渋々立ち上がるひな。
「そりゃそうだろ。ここは公共の場だ」
「……じゃあ家帰ったら抱っこ」
「そんなに宙に浮きたいのかお前は」
「そう」
「『そう』じゃねえだろ。ボケにボケで返すな」
どうやらまだ機嫌が悪いらしい。
……しょうがない、帰ったらお望み通り抱っこしてやるとするか。