師匠からの呼び出し
俺――平田智樹と星宮ひなは、幼稚園の頃から一緒で所謂『幼馴染み』である。
家が隣同士で同い年ということもあって、自然に一緒に遊ぶようになっていた。
昔からのんびりとした性格でどこか抜けたところがって、俺がしっかりしないといけないというのが、小さいながらにあったのだろう。
クレヨンを持ってき忘れた時は俺のを貸したり、帽子を無くしたら一緒に探し、おつかいのメモを無くした時にはおばさんのところまで戻って再びメモを貰って一緒に行ったり、迷子にならないよう手を繋いで帰ったり。
「……上げたらキリが無いな」
休み時間の教室。
俺は女子たちに囲まれているひなのことを見ながらボソッと呟いた。
「星宮さんこの前の対局勝ったんでしょ!」
「ニュース見た! 星宮さん、すっごく和服似合っててカッコよかったよ!」
「ふふ。ありがとうございます」
数人の女子たちに褒められると、ひなはにこっと笑顔を浮かべながら上品に笑う。
その姿はまるで育ちの良いお嬢様のようで、女流棋士の肩書にぴったりな立ち振る舞いだった。
これが外モードの星宮ひなだ。
俺の家にいる時は完全なダメ人間だが、それ以外の人間の前ではあんな風に礼儀正しい完璧な優等生でいる。
身長148センチと小さな体だが、その立ち振る舞いから幼くは見えない。
「また星宮さんのこと見てるのか? いい加減引かれても知らないぞ?」
「別にそこまで見てねえよ」
「嘘つけ。じーっと見てたぞ? 自覚無いのか?」
「……」
「……やっぱりか。ま、嫌われない程度にしておくんだな」
そう注意喚起をしてきたのは友人の立花綾斗だった。
一応こいつにはひなが幼馴染みであると言うことは話している。
もちろん俺の目の前ではダメ人間になるということや、基本的にひなの身の回りの世話をしていることは一切言っていない。
「にしてもすげぇよなホントに。テレビに映ってる有名人が一緒のクラスなんて」
「お前それいつも言ってるな」
俺に注意喚起しつつお前もひなのことを見るのか、何てツッコミは心に止めた。
ちなみにさっき綾斗が言ったセリフはもう百回は聞いている。
「そりゃお前は幼馴染みだから特別感も無くなってるかもしれねぇけどよ。一般人の俺からしたらもう毎日が楽しくてしょうなねえよ。なんかこう、自分も有名になった感じ? 全然なってねえけどな」
「お前、将来いろんなところで変に自慢したりするなよ?」
「いや~。それは約束できねえな。ついポロっと言っちゃうかも」
笑いながら話す綾斗を横目に、俺はチラッとひなの方を見る。
するとちょうど向こうをこっちを見ていたところで、偶然にも目が合ってしまった。
「……ん?」
急いで目を逸らそうとしたが、よくよく見ると小さく右手で手招きをしている。
念のため指で自分のことを指してみるとひなは小さく頷いた。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おー。もう授業始まるけどな?」
「急に来る時もあるだろ? この時期寒いし」
「それもそうだな! しっかり出して来いよ!」
「止めろ気持ち悪い」
親指を立ててきた綾斗を手で払って俺は廊下に出た。
教室内はエアコンが効いてて温かったが、廊下はかなり冷えていて寒い。
さすがは12月と言ったところだ。
「ともぉ~」
ブルブルと震えていてと、前の方のドアから出てきたひなが抱きついて来た。
体が小さいからなのか彼女は湯たんぽのように温かい。
「ひな……。学校でそれやって、誰かにバレたらどうするんだよ」
「……私は別に良い。気にしない」
「できれば気にしてくれ。お前は世間から注目されてるんだから」
「うう……」
注意すると分かりやすく不服そうな顔をしながらひなは離れた。
「それで? 何か用か?」
「あ、そうだ。ともぉ、ししょーのところに連れてって」
「は?」
突然の発言に思わず俺の頭に?が浮かぶ。
師匠というのは分かる。
ひなの師匠、掛川五郎先生だ。
段位は九段で過去にはタイトルを保持したこともある、今でも順位戦はA級に所属している将棋界の重鎮である。
だが、人側は明るくて結構おちゃらけていたりする。
「連れってって……どういうことだ?」
「今日、反省会をするって言ってたの忘れてたの」
「はあ!?」
「さっきししょーから連絡来た」
そう言いながらひなはスマホ画面を見せてきた。
中身はもちろん、ひなと掛川先生のやり取りである。
12/4(火)『今度の金曜時間あるかい? この前の対局の振り返りをしよう』
12/4(火)『分かりました! 学校休んでいきます!』
12/7(金)『もしかして忘れているかい?(´;ω;`)』
12/7(金)『あっ……。すぐ行きます!』
「……なるほどな」
となると当然後の授業は休むことになる。
しかし俺とひなが同時に居なくなると、綾斗や他の生徒たちが変に騒ぎ出すかもしれない。
かと言ってひな一人で外を歩かせるわけにもいかない。
「あら? どうしたの二人とも。そろそろ授業始まるわよ」
悩んでいると、そこへ次の授業担当の先生がやってきた。
「あ、すみません。えっと実は――」
「――実は仕事を一つ抱えていたのを忘れていまして、すみませんが早退させて頂きます。ちょっと機材を運ばないといけないので、平田君も一緒に連れて行きますね」
言葉に迷っていた俺よりも前に学校モードのひなが先に言った。
とは言っても、それもかなり無理があるだろ。
機材ってなんだよ機材って。
将棋なんだから使うのはせいぜい盤と駒だろ。
「あ、そうなんですね。分かりました。担任の先生には私の方から伝えておきます」
いや、行けるんかい。
もしかして先生って天然だったりするのか?
なんてことを思いながら、俺とひなは学校を後にして掛川先生の家へ向かった。