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第9話:休日出勤と謎の影

待ちに待った土曜日の朝。

神崎美玲かんざき・みれいは、アラームをかけずに眠れる幸せを噛みしめていた。溜まった洗濯物を片付けたら、少しお洒落なカフェでランチをして、本屋で新作の小説を……。

そんなささやかな計画は、一本の電話によって無慈悲に打ち砕かれた。


『悪い、神崎さん! 営業2課の押谷だ!』

電話の主は、先日セクト・キマイラと化した、営業の押谷おしたに課長だった。その声はひどく焦っている。

『急なトラブルで、来週月曜朝イチまでに提出しなきゃならん資料が山ほど出てきちゃってな! 悪いけど、今から出社できないか!?』

「えっ……」

『頼む! この埋め合わせは必ずするから!』

有無を言わさぬ勢いに、美玲は「はい」としか言えなかった。


重い足取りで出社すると、オフィスには押谷課長をはじめ、佐伯課長、数人の営業部員が疲れ切った顔でPCに向かっていた。フロアには栄養ドリンクの空き瓶が転がり、重苦しい空気が漂っている。

「おお、神崎さん、すまん! とにかく、このデータをグラフ化して、体裁を整えてくれ! 気合だ! 根性だ! みんなで乗り切るぞ!」

押谷課長は精神論を振りかざすが、そのやり方は明らかに非効率だった。

「押谷課長、この作業、分担して並行で進めれば……」

「いいから手を動かしてくれ! 議論より実践だ!」

美玲の提案は、一蹴された。


その様子を、オフィスの向かいのビルから、一人の男が冷ややかに見下ろしていた。黒いスーツに身を包み、その表情は窺い知れない。

「素晴らしい。実に素晴らしいストレス反応だ」

男はポケットから取り出した端末を操作する。

「『休みたい』という自己へのストレス。『部下を休ませられない』という他者へのストレス。そして『仕事を完遂せねば』という責任感からくるストレス。これらが混ざり合った時、極上のエネルギーが生まれる」

男が端末のボタンを押すと、押谷課長の体から放たれるオーラが、不自然なほどに増幅された。

「さあ、もっと苦しみ、もっと足掻きなさい。あなたのその負のエネルギー、我々が有効活用して差し上げますよ」


オフィスでは、押谷課長のストレスがついに臨界点を超えた。

「うおおおお! 休みなど不要! 仕事こそが人生! 月月火水木金金だァァァ!!」

彼の体は、オフィスの時計やカレンダーを取り込みながら、歪に巨大化していく。休日出勤の怨念が生み出した怪人――ホリデー・デリーターが誕生した。

「貴様ら! 休みボケしているから仕事が終わらんのだ! この俺が、カレンダーから土日を消し去ってやる!」

怪人は、社員たちの手元にあるカレンダーから「土日」の文字を吸い取り、彼らを強制的に働かせようと暴れ始めた。


「みんなを解放して!」

変身したミラクルミレイが駆けつける。しかし、ホリデー・デリーターの攻撃は予測不能だった。「働け!」と叫びながら猛然と襲いかかってきたかと思えば、ふと「……休みたい」と呟いて動きが止まる。その精神的な不安定さが、ミレイを混乱させた。


その時、一筋の青い閃光がオフィスを切り裂いた。

「――このエネルギーの増幅の仕方……自然発生じゃない…?」

ロジカルアズサが、ホリデー・デリーターには目もくれず、周囲の空間を鋭い目つきでスキャンしていた。

「誰かが意図的に介入している……?」

アズサは、怪人の背後にある、微弱だが異質なエネルギーの源流を察知すると、迷わず窓を突き破り、向かいのビルへと飛んだ。


ビルの屋上で、アズサは黒スーツの男と対峙する。

「あなた、何者?」

「おや、これはこれは。予定外の魔法少女ですか」

男は、驚くでもなく、楽しげに口元を歪めた。

「私は見ていただけですよ。人間が勝手にストレスを溜めてくれる、実に素晴らしい世界だ。我々のビジネスも、捗るというものです」

「……あなたたちが、怪人を?」

「いいえ。我々は、ただ引き金を引いただけ。引き金を引けば暴発する銃を、彼ら自身が抱えているのですから」

男はそう言うと、煙のようにその場から姿を消した。


一方、ミレイはホリデー・デリーターの矛盾した心に気づいていた。

(この人は、本当はみんなを休ませてあげたいんだ……!)

「押谷課長! あなたのやり方じゃ、誰も幸せになりません!」

ミレイはIDチャームを掲げた。

「根性論で乗り切る時代は終わりです! 必達!週末タスクフォース・アジェンダ!」

ミレイが放った光は、膨大な仕事を瞬時に整理し、誰が何をすべきか、明確なタスクリストを怪人の眼前に映し出す。タスクのクリティカルパスが明示され、そこには、「本日のタスク 17:00 完了予定」の文字が輝いていた。

「な……なんだと……! これなら……間に合う……! 明日は休める……!」

希望の光を見たホリデー・デリーターは、安らかな表情で浄化されていった。


戦いを終えたミレイの元に、アズサが戻ってくる。その表情は、いつになく険しい。

「ミラクルミレイ。気をつけて」

「え……?」

「敵は、ただのストレスが生み出す怪人だけじゃないかもしれない。この現象の裏で、糸を引いている連中がいる」

それだけを告げると、アズサは去っていった。


初めて聞く「敵」の存在。

美玲は、この戦いが、自分が思っているよりも、ずっと根深く、大きなものであることを、予感せずにはいられなかった。


次回、魔法少女ミラクルミレイDX!

「第10話:昭和野製作所の“本当の”DX」

社会の理不尽、私がきっちり最適化します!

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