第7話:交わらない正義、情熱と効率
オプティクスワークス株式会社のオフィスは、見えない壁で二つに分断されていた。
片や、営業部。
常に電話が鳴り響き、「今月も目標達成だ!」という威勢のいい声が飛び交う。
片や、開発部。
静寂の中、聞こえるのはキーボードの打鍵音のみ。モニターの光が、社員たちの真剣な横顔を照らしている。
そして、その境界線で、今日も小さな戦争が勃発していた。
「だから! なんでこの機能が実装できないんだって聞いてるんだよ!」
声を荒げるのは、営業部の押谷課長。
体育会系で、声と態度が大きい。
「仕様書にないと申し上げたはずです。それに、その機能を無理に実装すれば、全体のパフォーマンスに影響が出ます」
冷静に、しかし一歩も引かないのは、開発部の守巣リーダー。
ロジックとデータが全てで、曖昧な「熱意」を最も嫌う。
「クライアントが『欲しい』って言ってんだ! それに応えるのが仕事だろ!」
「無茶な要求に応え、システムを破綻させるのは仕事ではありません」
一触即発の空気を、神崎美玲はオロオロと見守るしかない。
「まあまあ、お二人とも……。一度、要件を整理して……」
「美玲しゃん、これは根が深いでしゅ。営業は『売ること』が正義、開発は『安定稼働』が正義。二つの正義がぶつかってるでしゅ!」
バッグの中のペンデュルンが、的確な解説を入れる。
そのやり取りを、冷めた目で見ている者がいた。
堀口梓だ。
「……時間の無駄。目的の共有も、意思決定のプロセスも定義されていない。不毛な会議の典型ね」
梓はそう呟くと、ヘッドホンをつけて自分の作業に戻ってしまった。
彼女の言うことは正しい。
正しいが、あまりにも冷たい。
その日の夜。
残業していた美玲の耳に、オフィスの中央から地響きのような音が届いた。
押谷課長と守巣リーダーのストレスが、ついに臨界点を超えたのだ。
二人の体から噴き出した赤黒いオーラが混ざり合い、一つの巨大な怪人を生み出した。
それは、二つの頭を持つキメラのような怪人だった。
片方の頭は、炎を吐き、常に「売上!」「契約!」と叫ぶ猛禽類。
もう片方の頭は、氷のブレスを吐き、「仕様」「納期」と呟く爬虫類。
二つの首は互いを睨みつけ、いがみ合っている。
「オレは営業の正義!」「ワタシこそ開発の正義!」
怪人セクト・キマイラは、自らの体内で争いながら、手当たり次第にオフィスを破壊し始めた。
「止めなきゃ!」
変身したミラクルミレイが駆けつける。
「二人とも、落ち着いて! あなたたちの目的は、会社を良くすることのはずです!」
ミレイは対話を試みるが、二つの頭は全く聞く耳を持たない。
炎と氷が入り乱れ、ミレイは防戦一方だ。
その時、一筋の青い閃光が走り、キマイラの腕を切り裂いた。
「――やはり現れたわね。非効率の塊」
ロジカルアズサが、ビルの窓枠に音もなく立っていた。
「ロジカルアズサ……!」
「対立する二つのノード。片方を終端させ、単一のコマンド系統に統合するのが、最も効率的なソリューション」
アズサは冷たく言い放つと、炎を吐く猛禽類の頭に狙いを定める。
「なっ……! 何を言ってるの!?」
「うるさい方が営業、つまりバグの根源。こちらを先にデリートする」
「待って! それじゃ、押谷課長が……! それは救うことにならない!」
ミレイは咄嗟にアズサの前に飛び出し、その剣をハンコで受け止めた。
「どきなさい」
「いや! どっちが正しいとか、間違ってるとか、そういう問題じゃない! 両方が必要なの! だから、一緒に方法を探さないと!」
「甘いわね。理想論では、バグは駆除できない」
アズサの剣が、ミレイを容赦なく弾き飛ばす。
(このままじゃ、本当に押谷課長は……!)
吹き飛ばされながら、ミレイは必死に考えた。
対話は通じない。
攻撃も、片方を傷つけるだけ。
なら、どうすれば……?
(そうだ……! 二人が見ているものが違うから、争いが起きるんだ! なら、同じものを見せればいい!)
「アズサ! あなたの言う通り、理想論だけじゃダメなの! だから、私たちが『仕組み』を作るの!」
ミレイはIDチャームを強く握りしめた。
「二つの正義を、一つの未来へ! 共有して!天命のタスクボード! プロジェクト・シンクロナイゼーション!」
ミレイのチャームから光が放たれ、キマイラの目の前に巨大な光のボードが出現した。
そこには、「クライアントの満足度向上」という最終目標が大きく表示され、そこに至るまでの営業と開発、双方のタスクが可視化されている。
「「おお……!」」
二つの頭は、初めて同じものを見た。
自分たちの仕事が、どう繋がり、どう影響し合うのか。
炎と氷の勢いが、ぴたりと止まる。
「これが……私たちの、本当の姿……」
キマイラは浄化の光に包まれ、元の押谷課長と守巣リーダーの姿に戻った。
アズサは、その光景をただ黙って見ていた。
「……回りくどいやり方」
そう一言だけ残し、彼女は闇に消えた。
翌日。
美玲が、営業部と開発部の間に、共有のプロジェクト管理ツールを導入してはどうか、と恐る恐る提案していると、後ろから声がかかった。
「そのツールを導入するなら、チケットの起票ルールと、更新のSLAを明確に定義しないと、結局形骸化するわよ」
声の主は、堀口梓だった。
いつも通りの冷たい口調。
だが、それはただの批判ではなく、的確な指摘だった。
「……え?」
「……別に。独り言よ」
梓はそう言って、自分のデスクに戻っていく。
その横顔は、まだ氷のように冷たい。
けれど、ほんの少しだけ、その氷が溶けたような気がして、美玲は少しだけ、嬉しくなった。
次回、魔法少女ミラクルミレイDX!
「第8話:ペンデュルンの秘密」
社会の理不尽、私がきっちり最適化します!




