第5話:新人・由奈の憂鬱
昭和野製作所のDXコンサルティング、経理部のワークフローシステム導入支援――。
二つの大きなプロジェクトを抱え、神崎美玲の日常は、以前にも増して慌ただしくなっていた。
「美玲しゃん! そのタスクの優先順位は本当にそれで合ってるでしゅか!? もっとクリティカルなパスを見極めるでしゅ!」
「わかってるわよ! 今、百々社長に送るチャットツールの比較表作ってるんだから!」
ショルダーバッグの中から聞こえる小さなコンサルタントの声に、美玲は小声で応酬する。
すっかり日常の一部となったペンデュルンとのやり取りは、時々的確な助言をくれるものの、基本的には若干うるさい。
そんな美玲の様子を、少し離れた席から不安げに見つめる瞳があった。
新人の三浦由奈だ。
先日の根津部長の一件以来、由奈はすっかり萎縮してしまっていた。
電話を取る声はか細くなり、簡単な書類作成ですら、何度も何度も確認しないと不安で手が止まってしまう。
「あ……神崎先輩、お忙しいところすみません。この見積書、ラフレスタさん向けなんですけど、一度目を通していただけないでしょうか……?」
おずおずと差し出された書類を受け取り、美玲はにこやかに応える。
「もちろんいいよ。えーっと……うん、大丈夫。完璧だよ」
「ほ、本当ですか……? 宛名とか、日付とか、間違ってないでしょうか……」
「大丈夫、大丈夫。自信持って」
美玲が太鼓判を押しても、由奈の表情は晴れない。
そのやり取りを横目で見ていた同期の堀口梓が、冷ややかに口を挟んだ。
「神崎さん、また甘やかしてる。そんなんじゃ、彼女、いつまで経っても一人で仕事できるようにならないわよ」
「……今は、自信を取り戻すのが一番だから」
「仕事は仲良しクラブじゃないの。結果が全てよ」
梓はそう言い捨て、ハイヒールを鳴らして去っていく。
その言葉が棘のように美玲の胸に刺さった。
その日の午後、事件は起きた。
由奈が、重要な取引先に送るメールで、全く別の会社の資料を添付してしまうというミスを犯したのだ。
送信直後に気づいた美玲がすぐさま先方に連絡し、平謝りすることで事なきを得たが、由奈の心は限界だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……! 私、なんてことを……!」
給湯室で、由奈は自分を責めて泣きじゃくっていた。
「もう大丈夫だから。誰にだってミスはあるよ」
「でも、私、最近ミスばっかりで……。会社にいる価値なんて、ないんじゃ……」
その言葉がトリガーだった。
由奈の足元から、黒い靄のようなものがじわりと滲み出す。
それは、彼女の強い自己否定のネガティブエネルギーが生み出した、新たな災厄の兆しだった。
「な、なに……これ……」
黒い靄は急速にオフィス全体に広がり、人々の活気を奪っていく。
あちこちで社員たちが「もうどうでもいいや……」「頑張っても意味ないし……」と呟きながら、デスクに突っ伏していく。
特に靄の中心にいる由奈はひどく、「私なんて、いない方が……」と、その瞳から光が消えかけていた。
「これは……怪人じゃない! 人の心を直接蝕む、もっと厄介な……!」
「美玲しゃん! 由奈しゃんの自己否定が、周囲のやる気を吸い取る空間を作り出してるでしゅ! 早くなんとかしないと、心が壊れてしまうでしゅ!」
美玲は変身を決意し、誰もいないことを確認して叫んだ。
「魔法少女ミラクルミレイ、見参!」
ピンクの衣装でオフィスに戻ったミレイが見たのは、実体を持たない巨大な影――シュリンク・ゴーストが、由奈の背後に取り憑いている光景だった。
「人の心を弄ぶなんて、許さない! 最適化ビーム!」
渾身の光線を放つが、シュリンク・ゴーストはゆらりと揺らめき、攻撃はむなしく壁を焦がすだけだった。
「そんな……物理攻撃が効かない!?」
「美玲しゃん! あの怪人のエネルギー源は、由奈しゃんの心でしゅ! 由奈しゃんを元気にしない限り、怪人は消えないでしゅ!」
ペンデュルンの言葉に、ミレイは攻撃をやめた。
そして、魔法少女としてではなく、一人の先輩として、うずくまる由奈にゆっくりと歩み寄る。
「由奈ちゃん、顔を上げて」
「……先輩……? ごめんなさい、私……」
「謝らないで。誰だって失敗はするよ。私も、新人の頃は毎日怒られてた」
ミレイは優しく語りかける。
「それにね、由奈ちゃんがいてくれて、私はすごく助かってる。細かい資料のチェックとか、電話の取次ぎとか、そういう一つ一つが、私の仕事を支えてくれてるんだよ。いつも、本当にありがとう」
それは、ミレイの偽らざる本心だった。
その言葉が、閉ざされた由奈の心に温かく染み込んでいく。
「……せんぱい……」
由奈が涙の滲む瞳で顔を上げると、背後のシュリンク・ゴーストが苦しそうに身をよじり、その輪郭が不安定になった。
「今よ!」
ミレイはIDチャームを天に掲げる。
「本当のDXは、ツールを導入するだけじゃない! そこで働くみんなの心が元気じゃなきゃ、意味がないの!」
彼女のチャームから放たれたのは、攻撃的な光線ではなかった。
きらきらと輝く、温かい光のシャワーだった。
「みんなの頑張りを、ちゃんと認めてあげる! 承認アプルーバルシャワー!」
光のシャワーが、由奈を、そしてオフィス全体を優しく包み込む。
「う……ああ……!」
シュリンク・ゴーストは浄化の光に耐えきれず、断末魔の叫びとともに霧散していった。
戦いが終わり、オフィスには元の活気が戻っていた。
変身を解いた美玲に、由奈が駆け寄る。
「先輩……! ありがとうございます! 私、もっと頑張ります! 足手まといにならないように……」
「ううん、そのままでいいんだよ」
美玲は由奈の頭を優しく撫でた。
「一人で抱え込まないで。いつでも相談してね」
その光景を、デスクの向こうで見ていた梓が、ふいと視線を逸らす。
その口元には、いつもとは違う、ほんのわずかな笑みが浮かんでいるように見えた。
美玲のバッグの中で、ペンデュルンが「心のケアも、立派なデジタルトランスフォーメーションの一環でしゅな!」と、したり顔で頷いていた。
次回、魔法少女ミラクルミレイDX!
「第6話:ライバル出現!その名はロジカル・アズサ!」
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