第35話:封印された歴史! 創業者の涙と『心』の経営
ダクトの中を這い進むこと数分。
不意に、無機質な機械の駆動音が遠のき、どこか懐かしい、乾いた木の匂いが漂ってきた。
「……ここ、本当に出口なんですか?」
三浦由奈が不安げに囁く。
「出口というより、エアポケットね。システムの監視が届かない『死角』よ」
堀口梓がタブレットのライトで先を照らす。
突き当たりには、古びた格子状の通気口があった。
神崎美玲がそれを押し開け、部屋の中へと降り立つ。
「……えっ?」
そこは、まるでタイムスリップしたかのような空間だった。
ハイテクビルの中にあるはずのない、昭和の香り漂う木造の執務室。
使い込まれた木の机、壁に掛けられた古時計、そして手書きの社訓『誠実・努力・感謝』。
タワーのデジタルな狂騒とは隔絶された、静謐な時間が流れている。
「隠し部屋……いえ、これは『意図的に消去できなかったデータ』の残骸かしら」
アズサが興味深そうに、机の上のそろばんを指で弾く。
美玲は、壁に飾られた一枚の肖像写真に目を奪われていた。
作業着を着て、油まみれの手でレンズを磨く、優しげな老人の写真。
その下には、こう記されていた。
『創業者・会長 天木 惣一郎』
「この人が、創業者……。今の黒鉄社長とは、随分雰囲気が違いますね」
美玲が呟く。
ふと、机の上に置かれた一冊のノートが目に入った。
背表紙には『業務日誌』とある。
美玲がそれを開くと、そこには経営数字ではなく、社員一人ひとりへの想いが綴られていた。
『〇月×日。鈴木君の子供が熱を出したそうだ。今日は早上がりさせた。「納期が」と気にしていたが、家族より大事なレンズなどない』
『△月□日。資金繰りが苦しい。だが、ボーナスだけは出してやりたい。私の私財を売ろう。彼らの笑顔が、この工場の宝なのだから』
「……すごい」
由奈が覗き込み、涙ぐむ。
「社員さんのこと、家族みたいに思ってたんですね……」
「ええ。非効率で、甘くて……でも、すごく温かい経営だわ」
アズサも、珍しく優しい表情を見せる。
その時だった。
部屋の隅に置かれた、古いブラウン管テレビが突然ノイズを発し、砂嵐の中にぼんやりとした人影が映し出された。
『……誰だね? わしの部屋に入ってきたのは』
「!?」
三人が身構える。
『ああ、懐かしい気配だ……。若い社員さんたちかな?』
「あなたは……天木会長ですか?」
美玲が恐る恐る問いかける。
『いかにも。……もっとも、今は黒鉄によってメインシステムから切り離された、ただの「レガシーデータ(遺物)」じゃがな』
「レガシーデータ……?」
『そうじゃ。わしは会社を追われた。
黒鉄は言った。「あなたの経営は古い。人情などというバグ(不具合)が、成長を阻害している」とな。
……あやつは、わしが大切にしてきた「心」を全てデリートし、会社を冷徹な利益マシンへと書き換えてしまったのじゃ』
テレビ越しの天木会長の声は、悲哀に満ちていた。
『わしは無力だった。時代の変化に対応できず、社員を守れなかった……』
「……いいえ、そんなことはありません!」
美玲は、業務日誌を胸に抱きしめ、叫んだ。
「会長。あなたの想いは、消えていません!
現場には、困っている同僚を助けようとする人がいます。お客様のために、マニュアルを超えて行動する人がいます!
それは全部……あなたがこの会社に残した『DNA』です!」
美玲の言葉に、由奈とアズサも頷く。
「そうです! 私、先輩たちに助けられた時、この会社に入ってよかったって思いました!」
「ロジカルに考えても、従業員エンゲージメント(愛社精神)の高さは、最強の競争優位性です。あなたの経営は、間違っていなかったわ」
『……お嬢さんたち……』
ノイズの向こうで、会長が涙ぐんでいる気配がした。
その瞬間。
ドォォォォン!!
激しい衝撃と共に、部屋の壁に亀裂が入った。
天井がデータのように欠落し、そこから黒いスーツ姿の黒鉄社長のホログラムが現れた。
「見つけたぞ、バグ(不純物)ども。……またその薄汚い部屋で、傷の舐め合いか」
黒鉄は、天木の写真を軽蔑の眼差しで見下ろした。
「天木会長。まだ消えていなかったのか。
あなたが『家族』だの『絆』だのと寝言を言っている間に、会社は倒産寸前だった。
誰が救ったと思っている? 私だ! 私が非情なリストラと管理システムで、V字回復させたのだ!」
「それが……会社を救ったことになるんですか!」
美玲がロッドを構え、黒鉄を睨みつける。
「数字だけ回復しても、そこで働く人が死んだように生きていたら……それはもう、会社じゃありません! ただの『収益装置』です!」
「黙れ! 結果が全てだ!」
黒鉄が腕を振るうと、部屋の崩壊が加速した。
「過去など不要! この部屋もろとも、完全消去してやる!」
『いかん! ここはもう持たん!』
天木会長の声が響く。
『お嬢さんたち、これを持って行け!』
テレビ画面から一筋の光が飛び出し、美玲の手の中に収まった。
それは、古ぼけた**「真鍮の鍵」**だった。
『それは「マスター・アクセス・キー」。創業時のシステムへのアクセス権じゃ。
黒鉄の暴走を止めるには、会社の「原点」に触れるしかない。……頼んだぞ!』
「会長!」
「美玲、走って!」
アズサが叫ぶ。
三人は崩れ落ちる部屋から、間一髪で通路へと飛び出した。
背後で、昭和の空気を残した部屋が、無機質なデータノイズに飲み込まれて消滅していく。
『……あやつを……黒鉄を救ってやってくれ……。あやつもまた、孤独な経営者なのだ……』
最後に聞こえた会長の願いが、美玲の胸に重く響いた。
通路に投げ出された三人は、肩で息をする。
「……託されましたね」
美玲は、手の中の温かい鍵を握りしめた。
「ええ。これは、過去からの『希望』よ」
由奈が涙を拭って立ち上がる。
「行きましょう、先輩! 私、絶対に黒鉄社長に分からせてやりたいです。優しさは弱さじゃないって!」
「その通りです。……さあ、最上階へ」
美玲の瞳に、迷いはもうなかった。
創業者の想い(レガシー)を胸に、現代の暴走経営を止める。
オプティクスワークスの過去と未来を懸けた戦いは、いよいよ最終局面へと突入する。
次回、魔法少女ミラクルミレイDX!
「第36話:決戦! 黒鉄社長と魔の経営計画」
社会の理不尽、私がきっちり最適化します!




