第30話:密告の嵐! 恐怖の相互監視評価
「……これは、ひどいですね」
神崎美玲は、自身のスマートフォンにインストールされた新アプリ『ピア・アイ(同僚の目)』の画面を見て、思わず絶句した。
それは、CCO白河が導入した、全社員参加型の「相互監視・360度評価システム」だった。
建前は「上司から見えない貢献を評価し合う」という素晴らしいものだ。
しかし、その実態は――。
『匿名コメント:神崎さんはいつも定時で帰るけど、本当に仕事してるの? 周りのモチベーションが下がる』
『匿名コメント:笑顔が張り付いてて怖い。裏で何考えてるか分からない』
『匿名コメント:部下(由奈)を甘やかしすぎ。教育係として失格』
画面を埋め尽くすのは、建設的なフィードバックではなく、嫉妬や憶測に基づいた「悪口」の数々だった。
しかも、これらのコメントは全て匿名で行われ、評価スコアが下がれば、来期のボーナスが減額されるという。
「私も書かれました……。『生意気』『可愛こぶってる』って……」
隣のデスクで、三浦由奈が涙目でスマホを握りしめている。
「……私もよ。『冷たい』『ロボットみたい』『空気が読めない』……。非論理的な感情論ばかりね」
堀口梓も、こめかみに青筋を立てていた。
オフィスを見渡すと、空気は一変していた。
昨日まではぎこちなくとも会話があったのに、今は完全な沈黙が支配している。
社員たちは互いに疑心暗鬼になり、PCに向かうフリをして、横目で同僚の粗探しをしているのだ。
(あいつが書いたのか?)(下手なことを言えば、また書かれる……)
「……誰も信じられない。ここはもう、会社じゃありません。……『監獄』です」
美玲は、静かな怒りと共に呟いた。
***
その日の午後、事態は最悪の方向へ転がった。
「おい! お前だろ、俺のことを『無能』って書いたのは!」
営業部の一角で、中堅社員が若手社員の胸倉を掴んだ。
「ち、違いますよ! 誤解です!」
「嘘つくな! お前しか知らないミスが書かれてたぞ!」
溜まりに溜まった疑念が爆発し、掴み合いの喧嘩が始まった。
その負の感情――「疑い」と「密告への恐怖」が、オフィスの天井にある『ハピネス・キーパー』に吸い込まれていく。
『素晴らしい。やはり人間は、他人の不幸が蜜の味なのですね』
スピーカーから白河の声が響く。
『では、その猜疑心を形にしてあげましょう』
天井から黒いインクのような液体が滴り落ちた。
それは喧嘩をしていた二人の影を取り込み、巨大な一つ目の怪物へと変貌した。
全身が黒い封筒で覆われ、その隙間から無数の目が覗いている――**怪人「アノニマス・スニッチャー(匿名の密告者)」**だ。
『見テルゾ……見テルゾ……。オ前ノ秘密、全ブ知ッテルゾ……』
怪人がギョロリと目を動かすと、社員たちのスマホが一斉に鳴った。
『速報! 〇〇さんが経費で私物を購入!』
『速報! ××課長が不倫中!?』
根拠のないデマが、全社員に一斉送信された。
「やめなさい! 匿名で人を傷つけるなんて、卑怯です!」
三人は変身し、怪人の前に立ちはだかる。
「変身! 魔法少女ミラクルミレイ、不適切な評価プロセスに異議を申し立てます!」
『異議却下! オ前モ評価シテヤル!』
怪人が黒い封筒をミレイに投げつける。
封筒が弾け、中から黒い文字が実体化して襲いかかってきた。
『偽善者!』『イタイおばさん!』『独身!』
「ぐっ……! 内容が個人的すぎます!」
ミレイがロッドで弾くが、文字は精神に直接ダメージを与えてくる。
「ミレイ、気にするな! ただのノイズよ!」
アズサがブレードで文字を切り裂く。
「でも、どこから攻撃が来るか読めないわ! まるで四方八方から監視されているみたい!」
怪人は姿を消したり現れたりしながら、死角から陰湿な攻撃を繰り返す。
『誰ガ書イタカ分カラナイダロォ? 怖イダロォ?』
「くっ……! 姿が見えない敵なんて……!」
由奈がシールドを張るが、足元から湧き出た影に足を掬われる。
「きゃあっ!」
「……許せない」
美玲が立ち上がる。
彼女が許せなかったのは、自分への悪口ではない。
仲間たちが、互いを信じられなくなり、恐怖で萎縮している、この状況そのものだ。
「言いたいことがあるなら……! 隠れてないで、面と向かって言いなさい!」
美玲はロッドを高く掲げた。
「アジャイル・コア、フルオープン! 匿名性を解除します!
『オープン・フィードバック・サークル』!!」
ミレイのロッドから、透明な光の波紋が広がった。
それは「隠されたもの」を暴く光ではない。
「対話の場」を作る光だ。
光が怪人を包み込むと、怪人の全身を覆っていた黒い封筒が剥がれ落ちていく。
『ヤメロォォ! 正体ヲ暴くなァァ! 俺ハ安全ナ場所ニイタイんだァァ!』
「安全な場所から石を投げるだけの意見に、価値なんてありません!」
ミレイが叫ぶ。
「アズサさん、由奈ちゃん! 今です!」
「了解! ロジカルに詰めてあげるわ!」
アズサが剣を突き出す。
「匿名の誹謗中傷は、名誉毀損ですぅ!」
由奈がタブレットで攻撃ログを確定させる。
「これで終わりです! 届け、建設的な議論! 『コンストラクティブ・レビュー・クラッシュ』!!」
三人の合体攻撃が、怪人の巨大な一つ目を貫いた。
『申シ訳……アリマセンデシタァァ……!』
怪人は謝罪の言葉と共に爆散し、黒いインクとなって消滅した。
同時に、社員たちのスマホから『ピア・アイ』のアプリが強制削除された。
***
「……はぁ。やっと静かになりましたね」
変身を解いた美玲は、床に散らばった黒いインクを見つめた。
騒ぎが収まったオフィスでは、社員たちが気まずそうに顔を見合わせている。
「あの……さっきはごめん。俺、ついカッとなって……」
「いや、僕の方こそ……疑ってすみませんでした」
少しずつだが、謝罪と和解の声が聞こえ始めた。
完璧な信頼関係には程遠いが、少なくとも「見えない敵」への恐怖は消えたようだ。
モニターの向こうで、白河はつまらなそうに頬杖をついた。
「……チッ。相互監視による自浄作用を期待したのですが。やはり、愚かな大衆には『管理』が必要ですか」
白河は手元のスイッチを押した。
オプティクスワークスの全フロアに、新たなアナウンスが流れる。
『業務連絡です。
相次ぐトラブルを鑑み、来月より**「完全成果主義・年俸制」**への移行を決定しました。
プロセスは一切評価しません。結果(数字)だけが全ての、公平な世界です』
「……成果主義?」
美玲が顔を上げる。
「ええ。次は、個人の『生存競争』を煽る気ね」
アズサが眼鏡を光らせた。
「……どんな制度が来ても、私たちは負けません。そうでしょ?」
美玲が振り返ると、アズサと由奈が力強く頷いた。
「もちろんです!」
「望むところよ」
しかし、白河の用意した「成果主義」は、彼女たちの想像を絶する過酷なサバイバルゲームの幕開けだった。
そして、その裏で、ついに「社長」の影が動き出そうとしていた。
次回、魔法少女ミラクルミレイDX!
「第31話:数字が全て!? デスマーチ・サバイバル」
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