第29話:恐怖のハラスメント講習! 言葉狩りの罠
「えー、本日は全社員対象の『新・コンプライアンス講習』を行います」
週の初め、オプティクスワークスの大会議室に、CCO白河の穏やかな声が響いた。
壇上には、白河と共に、無機質な表情の女性型AIロボットが立っている。
「彼女は、我が社が開発したハラスメント判定AI『マナー先生』です。
これからの時代、何気ない一言が訴訟リスクになります。そこで、彼女の判定基準を絶対とし、社内の会話を『浄化』していただきます」
ざわめく社員たち。
神崎美玲は、隣の堀口梓と顔を見合わせた。
「……嫌な予感がしますね」
「ええ。白河のやることよ。ただのマナー向上で終わるはずがないわ」
講習が始まった。
「では、実践です。佐伯課長、部下に急ぎの仕事を頼んでみてください」
指名された佐伯課長が、恐る恐る口を開く。
「あー、鈴木君。この資料、急ぎで頼めるかな? 明日の朝までに……」
『ピーッ! アウトです!』
マナー先生の目が赤く光り、けたたましいブザー音が鳴った。
『それは「時間的拘束性を伴う強要」、すなわち**【時短ハラ(ジタハラ)】**です! 相手のスケジュールへの配慮が欠けています!』
「ええっ!? じゃあ、どう言えば……」
「『もし可能であれば、優先順位を上げてもらえないだろうか? 無理なら断ってくれて構わない』と言うべきです」
「……それじゃ、仕事が進まないんじゃ……」
『ピーッ! **【ロジハラ(ロジック・ハラスメント)】**です! 正論で相手を追い詰めるのはやめましょう』
会場は凍りついた。
「おはよう」と声をかければ『声が大きすぎます(音ハラ)』。
「髪切った?」と聞けば『容姿への言及はセクハラです』。
「頑張ろう」と言えば『精神的重圧を与えています(エンハラ)』。
あらゆる言葉が「〇〇ハラ」と認定され、警告音が鳴り響く。
講習が終わる頃には、社員たちは口を開くことすら恐れるようになっていた。
***
その日の午後。
オフィスは、まるで図書館のような静寂に包まれていた。
誰も言葉を発しない。必要な連絡は全てチャットツールで行い、それすらも「定型文」以外は使用禁止となっていた。
「……息が詰まりそうです」
美玲は、デスクの下で小さく溜息をついた。
隣の三浦由奈が、涙目でメモを回してくる。
『先輩、トイレ行きたいんですけど、許可求めたら【排泄ハラ】になりますか?』
(……もう、末期症状ですね)
その時、沈黙を破るように、営業部の若手社員が叫んだ。
「もう無理だ! こんなのコミュニケーションじゃない! 俺はロボットじゃないんだ!」
途端に、オフィスのスピーカーから白河の声が響く。
『おやおや。不満があるようですね。……では、教育的指導が必要です』
天井の「ハピネス・キーパー」から黒い霧が噴き出した。
霧は瞬く間に形を成し、巨大なホイッスルとレッドカードを持った怪人――**怪人「ハラスメント・ジャッジ」**が現れた。
『不適切発言ヲ検知! 罰トシテ、発言権ヲ剥奪スル!』
怪人がホイッスルを吹くと、若手社員の口元に「×」印のついたマスクが張り付き、声が出せなくなった。
「喋れなくした……!?」
美玲が立ち上がる。
「変身しましょう! このままじゃ、会社中の口が封じられてしまいます!」
三人は光に包まれ、変身した。
「そこまでになさい! 言葉狩りで人を縛るなんて、間違っています!」
ミレイがロッドを構える。
『ピーッ! 退場!』
怪人がレッドカードを突きつける。
『ソノ威圧的ナ態度ハ**【パワハラ(パワー・ハラスメント)】**! 上から目線デノ説教ハ、若手社員ヲ萎縮サセルダケダ!』
「なっ……!?」
ミレイの口元にもマスクが出現しそうになる。
「させないわ! ミレイ、下がって!」
アズサが前に出る。
「あなたの基準は主観的すぎるわ。明確なガイドラインを示しなさい!」
『ピーッ! 退場!』
『ソレハ**【テクハラ(テクノロジー・ハラスメント)】及ビ【ロジハラ】**! 専門用語ト理屈デ相手ヲ煙ニ巻クナ!』
「くっ……! 私の指摘がハラスメントですって!?」
アズサも攻撃を封じられる。
「私が守ります! シールド展開!」
由奈が前に出る。
『ピーッ! 退場!』
『若サヲ武器ニシテイル! ソレハ**【エイジ・ハラスメント】**ダ!』
「ええーっ!? 私、何も言ってないのにぃ!」
三人は防戦一方だった。
攻撃しようとすれば「暴力ハラ」、説得しようとすれば「モラハラ」。
あらゆる行動にレッテルを貼られ、身動きが取れない。
『沈黙コソ金! 余計ナコトハ喋ルナ!』
怪人が巨大なスタンプを振り上げる。
『全社員ニ、沈黙ノマスクヲォォ!!』
「……っ!」
ミレイは、押し寄せる「沈黙」の圧力に抗いながら、必死に思考を巡らせた。
ハラスメントとは何か。
相手を不快にさせること? 傷つけること?
確かにそれは防ぐべきだ。でも、今のこれは違う。
「……恐れてちゃ、ダメなんです」
ミレイは、ロッドを地面に突き立て、無理やり声を絞り出した。
「相手を傷つけるのを恐れて、何も言わなくなるのは……優しさじゃありません! ただの『無関心』です!」
ミレイの言葉に、ロッドのアジャイル・コアが反応し、光が溢れ出す。
「アズサさん、由奈ちゃん! 『言葉』を恐れないで!
信頼があれば、厳しい言葉だって『愛』になります!」
「……愛、ね」
アズサが苦笑する。
「非論理的だけど……その通りだわ。私があなたたちに厳しいのは、成長してほしいからよ!」
「私も! 先輩たちが大好きだから、甘えてるんです!」
三人の想いが共鳴する。
「言葉の壁をぶち破れ! 『コミュニケーション・ブレイクスルー』!!」
ミレイのロッドから放たれたのは、無数の「言葉の光」だった。
『ありがとう』『ごめんね』『助かったよ』『次は頑張ろう』。
ポジティブもネガティブも包み込んだ、人間らしい感情の言葉たちが、怪人のレッドカードを弾き飛ばす。
『グオオォォ! 判定不能! 判定不能!
コレハ……ハラスメントジャ……ナイ……!?』
「ええ、違います!」
ミレイがトドメの一撃を放つ。
「これは『対話』です! 食らいなさい!」
光の奔流が怪人を貫いた。
『対話……拒否……シマ……ス……』
怪人は崩れ去り、社員たちの口元のマスクが消滅した。
***
「はぁ……。喋れるって、素晴らしいですね」
変身を解いた由奈が、深呼吸をする。
オフィスには、まだぎこちないものの、少しずつ会話が戻り始めていた。
「……鈴木君、さっきはごめん。言い方がきつかったかもしれない」
「いえ、課長こそ……。僕も、ちゃんと事情を聞くべきでした」
佐伯課長と部下が、お互いに頭を下げている。
それを見た美玲は、安堵の笑みを浮かべた。
「……ふむ。過剰な規制は、逆効果でしたか」
モニター越しに、白河が肩をすくめる。
「まあいいでしょう。言葉による支配がダメなら……次は『評価』で縛るまでです」
白河の手元には、新たな人事評価制度のファイルがあった。
そのタイトルは――『相互監視型・360度評価システム』。
「さあ、疑心暗鬼のゲームを始めましょうか」
オプティクスワークスの「ホワイト化」という名の迷走は、まだ終わらない。
人間関係の根幹を揺るがす、次なる試練が待ち受けていた。
次回、魔法少女ミラクルミレイDX!
「第30話:密告の嵐! 恐怖の相互監視評価」
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