第27話:嵐の後の静けさ? 忍び寄る「ホワイト化」の罠
株主総会での逆転劇から一ヶ月。
オプティクスワークスは、嵐が嘘だったかのような平穏を取り戻していた。
営業部の解体は撤回され、神崎美玲たちの提案した「人とAIの協調モデル」が試験的に導入されることになったのだ。
「おはようございます、神崎さん!」
「おはよう、今日もいい天気ね!」
出社する社員たちの顔には笑顔が溢れている。
リストラの恐怖に怯えていた日々が嘘のそうだ。
「……平和ですねぇ」
デスクでコーヒーを啜りながら、三浦由奈がほうっと息をつく。
「ええ。これもしっかり戦った成果ですね」
美玲も微笑みながらメールチェックを始める。
だが、堀口梓だけは、眉間に皺を寄せてモニターを睨んでいた。
「……変よ」
「え? 何がですか、アズサさん」
「平和すぎるのよ。灰谷専務があのまま黙って引き下がるとは思えない。それに……」
アズサは周囲を見回し、声を潜めた。
「最近、社内の空気が『良すぎる』と思わない?」
「えー? 良いことじゃないですか」
「いいえ。……『不自然』なのよ」
***
その違和感の正体は、昼礼で明らかになった。
「皆さん、注目してください」
人事部長が、満面の笑みで一台の奇妙なカメラを掲げた。
「今日から、全フロアにこの『ハピネス・キーパー』を導入します!
これは皆さんの表情や声のトーンをAIが解析し、ストレス度を測る最新鋭のDXツールです。
我が社はこれより、**『完全ストレスフリー宣言』**を行います!」
ざわめく社員たち。
「ストレスフリー?」
「そう! 職場でのネガティブな発言、暗い表情、そして怒号……これらは全て『マイナス評価』となります!
常に笑顔で、ポジティブな言葉だけを使いましょう。
ハピネス・スコアが高い社員には、特別ボーナスも支給されますよ!」
人事部長の言葉に、社員たちは顔を見合わせ、そして一斉に作り笑顔を浮かべた。
「す、素晴らしいですね!」
「最高です! さあ、笑顔で頑張りましょう!」
美玲は背筋に冷たいものを感じた。
(無理やり笑うことが……ストレスフリー?)
***
それからの毎日は、奇妙な息苦しさに包まれていた。
「あー、この資料間違ってる……くそっ……あ、いけない!」
社員が舌打ちをした瞬間、天井のカメラが赤く光る。
『警告。ネガティブ・ワードを検知。ハピネス・スコア減点』
「す、すみません! 最高です! 間違いを見つけられてラッキーです!」
社員は慌てて引きつった笑顔を作る。
会議でも、反論や指摘は「ネガティブ」とみなされ、誰もが当たり障りのない賛同しかしなくなった。
「この企画、リスクが高いのでは?」とは言えず、「チャレンジングで素敵ですね!」としか言えない。
「……気持ち悪いわ」
給湯室(ここにもカメラがあるため小声)で、アズサが毒づく。
「ロジカルな批判も封じられたら、PDCAなんて回せないわよ。これは『心理的安全性』の履き違えだわ」
「私、もう顔の筋肉がピクピクしてますぅ……」
由奈が頬をマッサージする。
「……このシステムの裏に、何かがあるはずです」
美玲が険しい顔をした、その時だった。
『キャハハハハ! 笑え! もっと笑えぇぇ!』
フロアから悲鳴ではなく、狂ったような笑い声が聞こえてきた。
駆けつけると、無理やり笑顔を作っていた社員たちの顔に、**巨大な「笑顔の仮面」**が張り付いていた。
彼らは涙を流しながら、体は勝手に踊り、口だけは笑い続けている。
「な、何あれ!?」
フロアの中央に、風船のような体をしたピエロ型の怪人が浮いていた。
怪人「ポジティブ・クラウン」。
『悲しみ? 怒り? そんなもの捨てちゃえ! 笑顔だけが正義だヨォォ!』
「みんなの心を無理やり操作するなんて……!」
美玲たちが変身する。
「やめなさい! 感情は、誰かに強制されるものじゃありません!」
「おやおや、空気が読めないネガティブな子猫ちゃんたちだ!」
怪人が風船爆弾を投げてくる。
「防御します! ……きゃっ!」
由奈がシールドで防ぐが、爆弾が弾けると中から「キラキラした粉」が舞い散った。
それを吸い込んだ由奈の表情が、一瞬で緩む。
「あはは……なんか、どうでもよくなってきたかもぉ……。戦うのとか、ダサくないですかぁ?」
「由奈ちゃん!?」
「マズい、思考力を奪う神経ガスよ! シールド解除!」
アズサが叫ぶが、怪人の動きは不規則で捉えきれない。
『ハッピー! ラッキー! 悩みなんて忘れちゃえ!』
怪人の攻撃は、物理的な痛みはないが、戦う意欲(闘争心)を削ぎ落としていく。
「くっ……! 力が入らない……!」
美玲も膝をつく。
(怒っちゃダメ……? 戦っちゃダメ……? でも、そんなの……!)
「……違う」
美玲は、ロッドを握りしめた。
「悲しい時は泣いていい! 腹が立ったら怒っていい!
それが人間でしょう!!」
美玲の心の叫びが、強制されたポジティブの霧を吹き飛ばした。
「アズサさん! 怒りの感情を、攻撃力に変換して!」
「……ええ。得意分野よ!」
アズサの目が据わる。
「このふざけた道化師……! ロジカルに、かつ感情的に……ぶっ飛ばす!」
「由奈ちゃん、目を覚まして!」
「ハッ! ……私、何をヘラヘラと……! 許せません!」
三人の「怒り」が一点に集中する。
「ネガティブだって、大切なエネルギーです! 『エモーショナル・アンガー・バースト』!!」
赤く燃え上がる光線が怪人を直撃した。
『ギャアアア! 怒ラナイデェェ! 笑顔ガ一番ナノニィィ!!』
怪人は爆発し、社員たちの顔から仮面が剥がれ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
騒ぎが収まると、社員たちは一様に疲れた顔で座り込んだ。
「……疲れた」「もう笑いたくない……」
それが、彼らの本音だった。
その様子を、オフィスの監視カメラ越しに見つめる男がいた。
灰谷ではない。
白衣を着た、糸目の優男だ。
彼は手元のタブレットで「ハピネス・スコア」の変動を記録しながら、薄く笑った。
「ふむ。強制的なポジティブでは、質の高いエネルギーは回収できないか。
……やはり、『自発的』に依存させないとね」
彼は胸元の名札――**「CCO 白河」**と書かれたプレートを指で弾いた。
***
「……新しい敵の気配がします」
変身を解いた美玲は、不気味に光る「ハピネス・キーパー」のカメラを見上げた。
物理的な攻撃よりも、もっと厄介な「心の支配」が始まろうとしている。
グローバルな戦いではなく、もっと身近で、もっと逃げ場のない「職場環境」との戦い。
オプティクスワークスの「ホワイト化」の裏に潜む闇が、静かに口を開けていた。
次回、魔法少女ミラクルミレイDX!
「第28話:残業禁止のパラドックス! 隠れ残業を暴け」
社会の理不尽、私がきっちり最適化します!




