第19話:衝撃!黒井の上司、専務・灰谷の来襲
「……それで? 先日のシステムダウンにおけるエネルギー回収率が、予測の15%にも満たないというのは、どういう計算かな。黒井くん」
場所は、次元の狭間にあるストレス・マキシマイズ社の重役会議室。
無機質なコンクリートの壁に囲まれた部屋で、黒井は冷や汗を流しながら、一人の男の前に跪いていた。
男の名は、灰谷。
同社の専務取締役であり、エリア統括を担う最高幹部の一人だ。
仕立ての良いグレーのスーツに身を包み、白髪交じりの髪を撫で付けたその男は、氷のような無表情で黒井を見下ろしている。
「も、申し訳ありません……! オプティクスワークスの魔法少女たちが、想定外の組織連携を見せまして……」
「言い訳は不要だ。我々が求めているのは『結果(成果物)』のみ。プロセスにおける君の努力になど、1円の価値もない」
灰谷は手元のタブレットを指で弾き、空中にグラフを投影した。
「君の担当エリアは、最近ROI(投資対効果)が悪化している。魔法少女ごときにコストをかけすぎだ。……これ以上、私の評価を下げないでくれたまえ」
「は、はいっ! 次こそは必ず……!」
「期待はしていない。……今回は、私が直接『視察』に出る」
灰谷が立ち上がると、会議室の空気が一気に凍りついた。
「不採算部門には、それ相応の『構造改革』が必要だからね」
***
一方、オプティクスワークスのランチタイム。
神崎美玲たちは、久しぶりに穏やかな時間を過ごしていた。
「あー、平和ですねぇ。黒井もしばらく出てこないし、このままフェードアウトしてくれないかなぁ」
三浦由奈が、パスタを巻きながら能天気なことを言う。
「油断大敵ですよ、由奈ちゃん。嵐の前の静けさ、ということもありますから」
美玲はサラダを食べながら、手元のスマホでニュースをチェックする。
「……それに、最近の怪人騒ぎとは別に、妙なニュースが増えているのよ」
「妙なニュース?」
「ええ。この街の老舗企業や、地域に根付いた商店街が、次々と謎の『閉鎖』や『買収』に追い込まれているの。それも、不可解なほど急激に」
堀口梓が、タブレットでデータを補足する。
「確かに。経済的な要因だけでは説明がつかないわ。まるで、何者かの意思で『消去』されているような……」
その時、店内のテレビから緊急速報が流れた。
『速報です。市内中心部の“ひまわり商店街”一帯が、突如として灰色の霧に包まれました! 建物が次々と崩壊し、住民が避難しています!』
「ひまわり商店街って……あそこ、すごく活気がある場所じゃありませんか!」
美玲が立ち上がる。
「行きましょう。……嫌な予感がします」
***
現場に到着した三人が見たのは、異様な光景だった。
活気に満ちていたはずの商店街が、まるで古い写真のように色を失い、物理的にデータ化されて崩れ去っていく。
人々が逃げ惑う中、その中心に、灰色のスーツを着た男――灰谷が佇んでいた。
「な、何あれ……怪人じゃない?」
由奈が震える。
灰谷は、逃げ惑う人々を見ても眉一つ動かさず、ただ淡々と掌をかざしていた。
「古い。非効率だ。昭和の遺物のような商店街など、現代の都市計画には不要」
彼が指を動かすたびに、八百屋が、定食屋が、灰色のブロックとなって消滅していく。
そこから立ち上る人々の「悲しみ」や「喪失感」が、莫大なエネルギーとなって彼の手元に吸い込まれていた。
「やめなさい!」
変身したミラクルミレイが叫ぶ。
「ここは、この街の人たちにとって大切な場所なんです! あなたの勝手な都合で、奪っていいものじゃありません!」
「……ほう。君たちが、黒井が手を焼いているという魔法少女か」
灰谷は、値踏みするように冷ややかな視線を向けた。
「私はストレス・マキシマイズ社、専務の灰谷。……『奪う』? 言葉が違うな。私は『清算』しているだけだ」
「清算ですって……?」
「この商店街は、収益性が低い。維持コストばかりかかり、都市の発展を阻害している。だから私が、強制的に店仕舞いさせてやっているのだよ。感謝してほしいくらいだ」
「ふざけないで!」
アズサが怒りを露わにする。
「文化やコミュニティの価値は、短期的な収益だけで測れるものじゃないわ! それこそ、あなたの計算式には『人の心』という変数が欠落している!」
「ロジックで語るか。だが、甘い」
灰谷が右手を挙げると、崩壊した建物の瓦礫が集まり、巨大なギロチンのような形状へと変化した。
「我が社の方針に、感情などという不確定要素は不要。……消えろ、不採算因子ども」
ギロチンが振り下ろされる。
「防ぎます! シールド展開!」
由奈が前に出る。だが――。
「『予算削減』」
灰谷が静かに呟くと、由奈のタブレットから光が消えた。
「えっ!? シールドが出ない!? 魔力切れ!?」
「なっ……魔力を強制的にカットされた!?」
アズサが驚愕する。
「無駄だ。君たちのリソース供給源は、私が凍結した」
ギロチンが由奈に迫る。
「由奈ちゃん!!」
ミレイが咄嗟に飛び込み、承認印・ロッドでギロチンを受け止める。
ガギィィィン!!
重い。これまでの怪人とは桁が違う。
物理的な重さではない。「組織決定」という、個人の力ではどうしようもない、圧倒的な権力の重圧。
「くっ……うぅ……!」
ミレイの足元が砕ける。
「先輩! 私の魔力を回します! コネクト……あれっ、繋がらない!?」
「無駄だと言ったはずだ。私の権限の前では、君たちのちっぽけな連携など、稟議書一枚で否決できる」
灰谷は、片手でミレイを押し潰そうと力を込める。
「さあ、終わりだ。君たちの『働き方改革』ごっこも、ここで打ち切り(ディスコン)としよう」
ミレイの視界が歪む。
ロッドを持つ手が震え、限界を告げるアラートが鳴り響く。
(強い……。黒井とは、格が違う……!)
(でも、ここで引いたら、この街の思い出が全部消されちゃう……!)
「……嫌です」
ミレイは、歯を食いしばり、顔を上げた。
「コストとか、収益とか……そんな数字だけで、人の大切な場所を消さないで!」
ミレイの想いに呼応し、ロッドが微かに輝く。
「私は……諦めません! たとえ、あなたがどれだけ偉い人でも……間違っていることには、NOと言います!」
「却下だ」
灰谷が無慈悲に腕を振り抜く。
衝撃波が三人を吹き飛ばした。
「きゃああああッ!」
三人は瓦礫の中に叩きつけられ、変身が解除されてしまう。
「がはっ……」
美玲は痛む体を押さえ、必死に灰谷を睨みつける。
灰谷は、倒れた三人には興味を失ったように、懐中時計を一瞥した。
「……チッ。次の会議の時間か」
彼は瓦礫のギロチンを霧散させ、背を向けた。
「命拾いしたな。これ以上の残業は、私のポリシーに反する。……だが、覚えておけ。我々の『構造改革』はまだ始まったばかりだ。次会う時が、君たちの解雇通知の日となるだろう」
灰谷は空間を裂き、黒いゲートの中へと消えていった。
残されたのは、半壊した商店街と、何もできなかった無力感だけ。
「……強すぎる……」
由奈が涙声で呟く。
アズサも、悔しげに拳を地面に叩きつけた。
「……私たちのロジックも、連携も……何も通じなかった……」
美玲は、灰色の空を見上げた。
黒井の上に立つ、本物の「経営陣」。
組織の論理そのものを武器にする敵に、私たちはどう立ち向かえばいいのか。
「……それでも、やるしかないわ」
美玲は、震える手で二人を立たせた。
「対策を練りましょう。……私たちの『仕事』は、まだ終わってないもの」
その言葉は、自分自身を鼓舞するためのものでもあった。
オプティクスワークスの魔法少女たちに、かつてない試練の時が訪れようとしていた。
次回、魔法少女ミラクルミレイDX!
「第20話:緊急招集!対策会議と新たな武器」
社会の理不尽、私がきっちり最適化します!




