第17話:アズサの居候!?波乱のシェアハウス
「……だから、私は大丈夫だと言っているでしょう」
「全然大丈夫じゃないですよ! 足、引きずってます!」
港湾地区での激闘から数時間後。
神崎美玲は、肩を貸そうとする手を頑なに拒む堀口梓と、路上で押し問答を繰り広げていた。
先ほどのオーバータイム・タイタン戦でのダメージは深かった。
アズサの左足は大きく腫れ上がり、立っているのがやっとの状態だ。
それでもなお、彼女は涼しい顔でスマホを操作し、タクシー配車アプリを起動しようとしている。
「自宅に戻れば、完備されたメディカル・キットと高酸素カプセルがあるわ。自己修復プロセスを回せば、明日の始業までには……っ!」
言いかけたところで、アズサが膝から崩れ落ちる。
「ほら、言わんこっちゃない!」
美玲が慌てて支える。
「もう、諦めてください! うち、ここから歩いて5分なんです。今日は泊まっていってください!」
「は? なぜ私があなたの家に……」
「緊急避難です! 文句言わないで!」
美玲は有無を言わせぬ剣幕で、アズサの腕を自分の肩に回した。
その強引さに気圧されたのか、それとも本当に限界だったのか。
アズサは「……宿泊費は、請求して」と小さく呟き、その身を預けた。
***
「……汚い部屋ね」
「もう、うるさいなぁ……。これでも片付いてる方なんですよ?」
美玲のマンション――1LDKの部屋に入った瞬間、アズサが放った第一声がそれだった。
確かに、モデルルームのように無機質なアズサの生活空間とは雲泥の差だ。
ソファには読みかけの雑誌、テーブルには昨晩の晩酌の残骸、床にはヨガマットが敷きっぱなしになっている。
「モノが多すぎる。動線が最適化されていないわ。この雑誌の山、検索性が皆無よ」
「家はくつろぐ場所なんです! 検索しなくていいの!」
文句を言いながらも、アズサはソファに座らされ、美玲の手際よい応急処置を受けた。
湿布を貼り、包帯を巻く手つきは、意外にも手慣れている。
「……慣れてるのね」
「魔法少女やってれば、生傷なんて絶えないですからね。はい、これでよし」
美玲は満足げに頷くと、タンスから着替えを取り出した。
「スーツだと窮屈でしょう。これ着ててください」
渡されたのは、前面に『熱海』と筆文字で書かれた、温泉土産のビッグTシャツと、高校時代のジャージだった。
「……これを、私に?」
アズサの眉間に深い皺が刻まれる。
「文句言わないでください。パジャマの予備がないんですから」
しぶしぶ着替えたアズサ・イン・熱海Tシャツは、そのシュールな姿でソファに深々と沈み込んだ。
「……ふぅ」
張り詰めていた糸が切れたのか、アズサの瞼が重くなる。
「お腹空いてない? 何か作りますけど」
「……不要よ。ゼリー飲料があれば……」
「そんなの夕飯って言いませんよ! 待ってて、すぐ出来ますから」
キッチンからトントンと包丁を叩く音と、出汁の香りが漂ってくる。
それは、アズサが久しく忘れていた、「生活」の音だった。
効率化のために切り捨ててきた、無駄で、温かい時間。
(……非効率だわ、本当に)
そう心の中で悪態をつきながら、アズサは意識を手放した。
***
翌朝。
香ばしい匂いで目を覚ますと、テーブルには炊きたてのご飯、味噌汁、焼き魚、そして卵焼きが並んでいた。
「おはよう、アズサ。足の具合どうですか?」
エプロン姿の美玲が、コーヒーを淹れながら振り返る。
「……おはよう。痛みは引いたわ」
アズサはテーブルを見て、また溜息をついた。
「朝からこんなに品数を作るなんて。あなたのリソース配分、どうなっているの? 睡眠時間を削ってまでやること?」
「朝ごはんは一日の活力の源ですよ! ほら、冷めないうちに食べてください」
出されたものは残さない。それがアズサの流儀だ。
彼女は無言で箸を取り、味噌汁を一口すする。
わかめと豆腐のシンプルな味噌汁。
その温かさが、胃袋から全身に染み渡っていく。
「……どう?」
美玲が不安そうに覗き込む。
アズサは箸を置き、小さく息を吐いた。
「……塩分濃度が適切ね。……悪くないわ」
「ふふ、でしょう?」
その時、インターホンが鳴った。
「神崎せんぱーい! 堀口先輩の様子、どうですかー?」
現れたのは、コンビニ袋を下げた三浦由奈だった。
「あ、由奈ちゃん! いらっしゃい」
「お邪魔しまーす! あ、堀口先輩! 生きてた……って、ぷっ!」
由奈はアズサの『熱海』Tシャツを見るなり、吹き出した。
「ちょ、その服! ギャップ萌えですか!?」
「……笑ったら評価下げて報告するわよ」
アズサが氷の視線を送るが、由奈はもう以前ほど萎縮していなかった。
「はいはい、これお見舞いです! 『完全栄養食クッキー』! 先輩が好きそうだと思って!」
「気が利くじゃない。……で? なぜあなたがここに?」
アズサの問いに、由奈は真面目な顔に戻る。
「実は……昨日の戦闘データ、ペンデュルンちゃんと一緒に解析してみたんです。私の『コネクト』能力について」
由奈がタブレットを開く。
「私、先輩たちとリンクすると、二人の思考や状態が全部見えちゃうんです。で、分かったことがあって」
由奈は、画面上のグラフを指差した。
「堀口先輩は、ロジックで感情を抑え込んでますけど、実は神崎先輩以上に『誰かを守りたい』って数値が高いんです。逆に神崎先輩は、感情で動いてるように見えて、土壇場の判断はすごく冷静なんです」
「はぁ!?」
「なっ……!」
二人が同時に声を上げる。
「つまり、お二人は、お互いが持ってない部分を、無意識にカバーし合ってたんですよ! 喧嘩しながらも!」
由奈は得意げに胸を張った。
「だから、二人は『混ぜるな危険』じゃなくて、『混ぜたら最強』なんです! 私がその接着剤になりますから!」
部屋に沈黙が流れる。
美玲とアズサは顔を見合わせ、気まずそうに視線を逸らした。
「……余計な分析ね。次の査定に響くわよ」
「えーっ! 褒めてくださいよー!」
アズサはコーヒーを一口飲むと、静かに言った。
「……でも、昨日の戦いで分かったわ。私のロジックだけでは、黒井には勝てない。あなたの……その、泥臭いやり方も、オプションの一つとして認めてあげる」
それは、アズサなりの精一杯のデレ(歩み寄り)だった。
「素直じゃないなぁ……。ま、これからもよろしくお願いしますね、パートナーさん」
美玲が手を差し出す。
アズサはその手を見つめ、ため息交じりに、しかししっかりと握り返した。
「……あくまで、業務提携よ」
その時、美玲のスマホが鳴った。
『神崎さん! 大変だ! 本社のサーバーールームから、煙が出てる!』
佐伯課長の悲鳴のような声。
どうやら、安息の休日はこれまでのようだ。
「……行きますよ、二人とも。休日出勤手当、しっかり請求させてもらいますからね」
アズサが『熱海』Tシャツのまま立ち上がる。
「まずは着替えてからですよ!」
「わかってます! 行きますよ、先輩!」
シェアハウスの短い朝は、新たな戦いのゴングと共に終わった。
だが、三人並んで玄関を出るその背中は、以前よりもずっと頼もしく、そして少しだけ楽しそうに見えた。
次回、魔法少女ミラクルミレイDX!
「第18話:黒井の罠!ブラック企業・連合艦隊」
社会の理不尽、私がきっちり最適化します!




