第3話 王国の大混乱と魔王
毎日更新&毎日執筆は大変ですね。
公開しちゃってると戻って書き直せないの悔しい。が、修正しちゃうことあります
王宮の大広間には、重苦しい沈黙が広がっていた。無数の蝋燭が灯された煌びやかなシャンデリアは、金と銀の装飾を優美に照らし出しながらも、その光は妙に冷たく、場の緊張感を一層際立たせていた。深紅の絨毯の上を、宰相ベリオス卿が足音も高らかに進み出る。その足音が石床に反響するたび、貴族たちのざわめきは小さく途切れ、空気が凍り付く。
中央に立つライト・セフィティナ王太子は、蒼白な顔を伏せ、握り締めた拳を微かに震わせていた。黄金の髪は緊張でわずかに乱れ、蒼い瞳は落ち着かず左右に揺れている。彼はプライドの高い男だ。常に女たちから憧れの視線を浴び、華やかに振る舞うことを当然としてきた。だが今、王国中の視線が自分を非難する刃に変わっていることに気付き、額にはじっとりと冷や汗が滲んでいた。
隣に控えるカロリーナは、桃色の髪を乱しながら、恐怖と恥辱に顔を歪めていた。小刻みに震える指先でスカートの裾を必死に掴み、涙で潤んだ水色の瞳を宙にさまよわせる。かつて可愛らしさを武器に王太子の婚約者の座を奪い取った伯爵令嬢の面影は、そこにはなかった。
「婚約破棄――愚かしいにも程がある!」
宰相ベリオス卿の声は、雷鳴のごとく広間を揺らした。重々しいマントの裾が翻り、その鋭い視線がライトを射抜く。
「アイラ・コーデリア侯爵令嬢は、王国の魔力と未来を守る要。あの方を失うことは、王国を沈める行為に等しい!」
その言葉に、貴族たちのざわめきは一層高まった。
「王太子殿下は何を考えておられるのだ」「侯爵家を敵に回す気か」「これでは隣国に付け入る隙を与える」――囁き声は、氷の刃となってライトとカロリーナを切り裂く。
ライトは悔しげに唇を噛み締め、低く呟いた。
「……黙れ。俺は王太子だ。俺の決断に口を出すな」
しかし、その声は力なく震え、誰の耳にも弱さを曝していた。
(くそっ……アイラのやつ、婚約破棄を拒めば側妃にしてやったものを……!)
心の奥でライトは毒づく。
彼にとって、アイラは幼き日の憧れと劣等感の象徴だった。侯爵家の娘でありながら、公爵家にも匹敵する家柄、優れた魔力、冷静な判断力――自分よりも光を放つ彼女が、いつも癪だった。
だが、利用価値があるからこそ婚約者に据えていた。
それでも彼女に拒絶され、魔王に奪われたことで、自らの立場が揺らぐ。
それだけは、絶対に許せなかった。
幼い日の回想が、ふいに脳裏を過る。
まだ小さかった二人が庭で剣の稽古をしていた時のこと。
アイラは軽やかな動きで剣を交わし、みるみる上達していく。
王太子の弟が「すごい!」と歓声を上げる中、ライトはただ黙って剣を握り締め、内心で嫉妬に焼かれていた。
「どうしてあいつは何でも出来るんだ……」
その日の悔しさが、今の彼の焦燥と結びついている。
「殿下」
補佐官クロードの冷静な声が広間に響く。銀縁の眼鏡越しに、冷徹な光を宿す瞳がライトを真っ直ぐ見据えていた。
「王国は既に不安定です。アイラ様の不在がこれ以上続けば、国政に重大な亀裂を生むでしょう。」
「黙れ、クロード……!」
ライトは吐き捨てるように言ったが、その言葉はかえって彼の焦りを際立たせた。
カロリーナは堪えきれず、両手で顔を覆い、小さな嗚咽を漏らした。
「私は……私は殿下のために……」
だが、その言葉に同情の声は上がらない。むしろ周囲の貴族たちは冷笑を浮かべた。
「可哀想に、あの伯爵令嬢も終わりだな。」
「侯爵家を敵に回して勝てると思ったのか。」
侮蔑と嘲笑が、カロリーナの背中を押し潰していく。彼女は膝から崩れ落ち、ドレスの裾が乱れ、宝石の飾りが床に転がる音が広間に響いた。
その音は、まるで彼女の野心と地位が砕け散る音のようだった。
カロリーナの涙は溶けるように頬を伝い、唇はわずかに震えている。カロリーナの手はスカートの裾を握り締め、震える指がその繊維を掴み続ける。濡れた頬に流れた涙が、煌めく宝石の光と対比して、かつての華やかさをいっそう際立たせていた。
周囲の貴族女性たちは彼女を取り囲み、冷ややかな笑みを浮かべながら、ささやき声を漏らした。
「だってあんなに必死だったのにね、結局は……ねえ?」
「まあ、結局は実力の差よ。侯爵家の娘には及ばなかったってこと。」
そんな嘲笑は、薄暗い広間の隅々まで響き渡り、カロリーナの孤立感を際立たせた。
ライトは歯を食いしばり、屈辱と焦燥で全身を震わせた。
(俺は……必ず取り戻す。アイラも、この座も、全てを……!)
――その頃。
王都から遠く離れた魔王城の最上階。
漆黒の部屋に、淡い蒼光を放つ魔法の水晶板が浮かんでいた。その中には、淡金の髪を風に揺らすアイラ・コーデリアの姿が映し出されている。
魔王は深紅の瞳を細め、水晶板に指を滑らせた。黒衣の袖口から覗く手は、鋭い爪を持ちながらも、まるで宝石を扱うように優しい。
「愚かな王族どもめ。……アイラはもう、俺のものだ。」
低い声は、独占欲と甘い狂気を孕んでいた。水晶板の中で微笑むアイラの姿に、魔王はゆっくりと手を添え、まるで頬を撫でるかのように指先を這わせた。
「誰にも、渡さない。」
その言葉は部屋の闇に溶け、まるで呪いのように響いた。
魔王城の窓辺では、アイラが静かに夜空を見上げていた。
広がる星空の下、浮遊する島々が青白い光を放ち、虹色の鱗を持つ魔獣が悠然と宙を舞う。幻想的な光景は、この世界が彼女の知る王都とはまるで異なることを物語っていた。
「本当に……これでいいのだろうか。」
アイラは魔王城の窓辺に立ち、そっと胸元に手を当てた。魔王に守られる安心感は確かにある。だが、王国の混乱を知るたび、胸の奥に小さな棘が刺さるようだった。
その時、背後の扉が静かに軋む音を立てた。金具がわずかに鳴る乾いた音とともに、重い足音が石床を踏みしめて近づく。その気配だけで、彼が誰かを悟る。
振り返ると、黒いマントを翻した魔王がゆっくりと部屋に入ってきた。
「怖がるな、アイラ。」
低く甘い声が降りてきた次の瞬間、温かく力強い腕が彼女の肩を包む。
「お前は俺が守る。誰も近づかせはしない。」
魔王の吐息が耳元をかすめ、彼女の頬はほんのりと紅に染まった。
「……ありがとう。」
その声は微かに震えていたが、同時に安堵の色も含んでいた。
その後も、魔王は魔晶板の中のアイラの姿を眺めながら、その想いを募らせていた。
「お前は俺の光だ。決して手放さない。」
その声音は、深い愛情と危うい独占欲の混ざった、甘くも恐ろしい誓いだった。
夜は深まり、王国と魔王城、二つの思惑は静かに交錯し始めていた。
そして、アイラの心は――まだ揺れている。
だがその揺らぎすら、魔王の腕に包まれた時だけは、そっと消えていくのだった。
――書斎にて。
蝋燭の火が揺らめく中、ライトは資料を広げ、地図や報告書に目を走らせていた。黄金の髪が柔らかな光を受けて輝く。
「奪還計画……必ず、取り戻す。」
その言葉には愛情よりも、執着と権力への欲望が滲んでいた。
(アイラ……あの女さえ戻れば、俺の評価も立場も回復する。……くそっ、あいつめ。拒まなければ側妃にしてやったものを!)
拳を机に叩きつける音が静寂を破った。
蒼い瞳は怒りに燃え、まるで全てを自分の支配下に置こうとするかのような冷たい光を宿していた。
第3話を読んでくださってありがとうございます!ライトの拗れたプライドやカロリーナのざまぁシーン、魔王の独占欲をじっくり楽しんでいただけたら嬉しいです。幼少期の回想も少し入れてみました。
もっと描きたいことあるのに脱線しそうでやめてしまった。
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