第2話 魔王城での溺愛開始
第2話は甘々をめざしましたぁ〜!
私は魔王の腕の中で微笑んだ。
――ずっと、待っていた。私の魔王様。
どれほど時間が経ったのだろう。
まるで深い眠りに落ちていたかのように、感覚がぼんやりとしている。
耳を澄ますと、彼の鼓動と静かな息遣いが伝わってくる。
その近さに、ふと鼻先に届いた彼の香りが懐かしかった。
深く甘く、どこか温かみのある香りは、忘れかけていた記憶の欠片を優しく揺さぶる。
あの時と同じ――彼と初めて触れ合った瞬間に感じた香り。
時間や場所を越えて、私の心の奥底を溶かしていく。
「あぁ、やはりこの方は私の魔王様」
静かに微笑みながら、胸の奥から込み上げる安堵と幸福感で目が潤む。
その瞳には、長い別れの時間を経てようやく会えた喜びが満ちている。
ゆっくりとまぶたを開けると、そこは……
腕の中から離れ、彼が私を優しく支えながら歩く廊下だった。
黒曜石のように輝く床、満天の星を閉じ込めた天井、深紅の絹が波打つ壁。
大広間へ続くその道は、まるで異世界のように美しく、息を呑むほどだった。
「……ここは……?」
「俺の城だ」
低く甘い声が耳元に響く。その音だけで全身が痺れる。
振り返ると、そこにいたのは――あの人。
闇を纏った長い黒髪、血のように深い瞳。
その存在感だけで、この広間の光景すら霞む。
「……やっぱり、夢じゃないのね」
自然と笑みが零れた。
彼はゆっくりと歩み寄り、迷いなく私の頬に触れる。
指先が驚くほど熱くて、心臓が跳ねる。
「やっとだ。お前を取り戻した」
低い声が耳をくすぐり、胸の奥まで染み渡る。
――取り戻した?
どういう意味なの?
「……待っていてくれたの?」
気づけば、問いかけていた。
「当たり前だろう」
彼は目を細め、囁くように続ける。
「お前は、俺のものだ」
その瞬間、腰に回された腕が強くなる。
距離が一気にゼロになり、息が詰まるほど近い。
「なっ……!」
驚きに目を大きく見開く。
頬が一気に熱くなり、視線を逸らそうとするのに、彼の瞳に捕らえられて逃げられない。
心臓が暴れて、胸の奥でドクドクと音を立てているのが自分でもわかる。
――なに、この距離……こんなの、だめ……!
彼の吐息が頬にかかり、髪の香りがふわりと鼻をくすぐる。
手のひらが腰から背中へと滑り、柔らかな体温が伝わるたび、全身が痺れるように震えた。
「怖がるな」
彼の声は優しく、それでいて強く、揺るがなかった。
「お前は、俺のものだ。誰にも渡さない」
その言葉が囁かれると、胸の奥の不安が甘い期待に変わる。
「……怖く、なんて」
唇が震え、声にならない言葉を絞り出す。
彼はゆっくりと顔を寄せてきた。
吐息が頬を撫で、額が触れそうになる。
「……っ」
「キスしてほしいか?」
囁きが耳に落ちると同時に、頭が真っ白になった。
――なに、その聞き方。ズルすぎる。
答えられずにいると、彼は喉の奥で笑い、私の髪に口づけを落とした。
長い黒髪が頬をかすめ、ぞくりと背筋が震える。
「今は……ここまでだ」
そう言って額にキスを落とす。
その瞳は深く、揺るぎない決意が宿っていた。
かすかに眉を寄せながらも、愛しさと守りたいという強い想いがにじみ出ている。
彼の表情に触れるたび、私は胸が締め付けられるような切なさと幸福感に包まれた。
「お前はこの城の主だ。好きなように過ごせばいい」
彼はそう告げ、私の手を取った。
冷たく光る指輪が彼の薬指に輝いていて、無性に気になった――。
歩きながら、窓の外を見て息を呑む。
そこに広がっていたのは、夜空を逆さまに映したような幻想。
浮遊する島々、虹色の光を放つ魔物たちが群れ、遠くには黒い塔が連なる。
どこか、言葉にできない懐かしさが胸の奥を締めつける。
まるで、ずっと昔に見たことがあるような――けれど、それが何なのかはわからない。
「どうした?驚いたか?」
「ええ……とても」
「だろうな。この景色も、この城も……すべてお前のためにある」
彼は迷いなく言い切った。
まるで当然のことのように。
そんなわけ――ないのに。
でも、その瞳を見ていると、否定する言葉が消えてしまう。
その後、案内された部屋は信じられないほど豪奢だった。
天蓋付きのベッドに、床一面に描かれた複雑な魔法陣を織り込んだ深紅のカーペット、空中に浮かぶランプが柔らかく灯る。
魔法陣は淡く光を帯び、中心には古代文字が絡み合っている。
「……この模様、何かしら」
思わず見下ろすと、魔王は振り返りもせずに言った。
「俺の結界だ。この部屋では、お前は安全だ」
――安全。
その響きは優しくて、同時に冷たい檻のようにも感じられる。
守るためなのか、それとも――閉じ込めるためなのか。
魔王は短く告げて部屋を後にし、銀髪のメイドが静かに膝を折った。
「魔王様は……あなたを決してお離しになりません」
その一言が、まるで未来を縛る呪いみたいで――。
そう言うと、メイドは深々と一礼し、音もなく扉を閉めて去っていった。
残された空間に、しんと静寂が広がる。
外の幻想的な景色が、鉄格子の向こうで遠く瞬いているのに、ここだけは隔絶された小さな世界。
――閉じ込められた、そんな感覚。
けれど、嫌じゃない。
むしろ、胸が熱くなるのはどうして?
ほんのりと空気に残るのは、彼の香り。甘くて、危うい香りが私の肺を満たし、体を痺れさせる。
まるで、彼に抱かれていた余韻が、この部屋ごと私を絡め取っているみたい。
ベッドに身を投げても、眠れなかった。
あの人の声、指先の熱、低い囁きが耳に残って離れない。
「お前は、俺のもの」
「二度と離さない」
どういう意味なの?
私はただの、婚約破棄された侯爵令嬢なのに。
まぶたが重くなったころ、不意に視界が揺れた。
――夢?
そこは、見知らぬ場所。けれど、なぜか懐かしい。
月明かりの下、黒い鎧を纏った男が立っていた。
長い黒髪を風になびかせ、深紅の瞳で私を見つめる。
『必ず迎えに行く。たとえ世界を敵に回しても』
耳に響いた声に、胸が締め付けられた。
息が苦しい。涙が溢れる。
――どうして? 私、この声を知ってる。
「……誰なの……あなた……」
問いかけた瞬間、目が覚めた。
胸の鼓動が痛いほど速い。
頬には涙の温もりが残り、視界は滲んでいる。肩が小刻みに震え、荒い呼吸を整えようと必死だった。
額に手を当て、震える唇で呟く。
「……何なのよ、これ……」
まるで、運命の糸に引き寄せられているみたいじゃない――。
読んでくださってありがとうございます!
ついにアイラと魔王様の再会シーンでした。
甘いのにちょっと怖い……でもドキドキしちゃう監禁生活、いかがでしたか?
次回は──
もっとドキドキな展開を準備します!!
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