第4話 軽めの鼻づまりか!
深夜の静かな森の中。
パチパチという焚き火の音だけが響いている。
満天の星の下、ヨワメは膝を抱えて座っていた。
「滅びるのかな、世界……」
そんな言葉が、ヨワメの口からこぼれ出る。
横では、爺がスーハーと寝息を立てていた。
と思われたが、突然むくっと起き上がる。
「わしを誰だと思っとる。寝たフリの達人こと、ジジルド・ヨーツーモチじゃぞ?」
「不眠症のコアラかっ!」
すこし強めにツッコみながらも、ヨワメは弱めに笑った。
「爺ちゃんは、なんで戦うの?」
焚火の炎が、爺のシミ・シワ・頬のでっかいホクロを照らしだす。
最近白内障の手術を受けた爺の目は、どこか遠くを見ていた。
「わしにもな、大切な仲間がおったんじゃ。ヤマンバギャル・魔法が使えない魔法使い・元ヤンキーの鍛冶屋……計131名と1匹」
「やっぱパーティ組んでたんだ。で、1匹ってなに?」
「シロナガス・オオクワガタじゃ。強かったぞい。クワガタがな!」
「クワガタ最強かよ!」
「ギルドの誰もが、わしの事を“老害”って呼んだくらいじゃ」
「褒められてないじゃん」
「だがな……」
爺の声が少しだけ真剣味を帯びた。
昔日の想い出、いや、おもひでを語り始めた。
「その仲間たちはな、先に逝ってもうたんじゃよ……残ったわしが世界を守るしかないじゃろ」
爺はポケットから小瓶を取り出した。
「クワガタじゃん! 思ったよりちっさ!」
「ちがった。こっちじゃ。“勇者の涙”じゃ」
「ただの目薬じゃん!」
「差すたびに、ちょっぴり勇気湧いてくるぞい?」
「なんかちょっと……わかる気がする。爺ちゃん、ぴえんって感じだね」
「“ぴえん”とはなんじゃ? アレルギー性ぴえんのことかの?」
「軽めの鼻づまりみたいに言うな! ぴえんってのはね、辛いねって意味……」
二人はしばらく黙ったまま。
ゆらゆらと揺れる炎を、ただ見つめていた__。
どれくらいの時間が経過しただろう。
ヨワメが小さく弱めの声で言った。
「私さ、お爺ちゃんと、お婆ちゃんの顔知らないんだよね……だからさ、あんたに倒れてほしくないからさ。無理すんなよ」
「来年の健康診断以降に死ぬ予定じゃ。それまで全力でボケ倒すぞい」
誇らしげな顔の爺は、力強く答える。
「じゃあ私が全力でツッコむよ。パートナーとしてさ……」
世界を救う“最年長勇者”と“最年少ツッコミ”は、確かに小さな信頼の火を灯したのだった。