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空腹で寝転がっていた魔王は村娘に食事を振る舞われた

作者: 月原 慧夢

(ああ、お腹が空いた) 

どこまでも続く蒼穹を見ながら魔王は心の中で呟いた。

魔王は餓死などとは無縁である。しかしお腹は空く。もう動きたくない。そう思って寝そべってみたら本当に動く気力を無くしてしまった。

いつまでもこうしている訳にはいかないとわかってはいる。しかし動きたくない。


部下に内緒でまた勝手に魔王城を抜け出してみたら、普通に人間たちの使う通貨を忘れてきてしまった。

それでもまあいいかと王都を観光し、たまたま出会った吟遊詩人の話が面白くてそのまま意気投合しついて行ったらこんな辺境のところについてしまった。


言い訳をさせてほしい。だって本当に面白かったのだ。特に歴代勇者の話が。

事実とは異なることや、解釈違いなど真実を知るものからしたらなんでそうなったと突っ込みたくなるようなものばかりだったのだ。

勇者レオンが、婚約者の母の形見が湖に落ちてしまったので自ら飛び込み無事形見を見つけ出したという話は、実際は勇者レオンがプロポーズをする際、勇者の母の形見の指輪を緊張のあまり池ポチャさせたというのが正しい。

(しかもアイツ噛みまくってたし)

魔王は勇者が現れて力を封印されること以外あまり大きなイベントが無いため暇である。

なのでいつからか勇者の成長を観察するのがちょっとした趣味となっていた。


あの時の指輪が見つかったときの感動は今でも思い出せる。

そういえばまた勇者が現れたらしいが今回のやつはどんな面白いやつだろうか。


今代は珍しい女性の勇者だとは聞いたが・・・。


(そういえば勇者エイリスの話もおもしろかったな)

エイリスは女の勇者だった。魔法よりも武力が圧倒的に強かった印象だ。そんな彼女は詩の中で人々を心から愛し、その博愛の精神を貫くため生涯独身であったとされていた。

それを聞いたとき思わず吹き出してしまうのを我慢するのが大変だった。

(いつも結婚した〜いとか叫んで、なんで自分がモテないのかと嘆くのが常のやつだったのに)

確かやけ酒を飲んでいたときに「いいもん、私はみんなから好かれてみんな愛してるから!」とか言って現実から逃げていたことがあったからそれが元ネタだろう。


歴代勇者はクセの強いものが多かった。


吟遊詩人の話を思い出していると眠くなってきた。もう陽が傾いてきている。

「今日はここで寝るか」

色々と面倒くさくなった魔王は諦めて寝ることにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「?」

少し意識が覚醒したがまだ目は閉じたまま。もう外が明るい気がする。ふと何かが陽を遮った気配がした。

薄っすらとまぶたを開ける。目の前、というより頭上には一人の少女がいた。

「うおっ」

一瞬驚いて思わず起き上がった。幸い少女は魔王の頭突きを喰らうことはなかった。

「あの…生きてます?」

少女が首を傾げて聞いてきた。

「え、ああ一応?」

魔王の言葉に満足そうに少女が頷く。

「じゃあついてきてください」

少女はそれだけ言うと踵を返し歩き出した。状況を上手く把握できないまま魔王はついて行く。


ついて行った先はこれまた辺鄙な田舎村だった。

人にすれ違うこともなく家に招かれる。

「え?あっ、え…」

扉を開けて催促するように見る少女に狼狽えつつも魔王は家に入った。

こじんまりした家の割に物が溢れかえっている。汚いまではいかないものも、家主でも全てを把握しきって無いのではと思われるほどの乱雑ぶりである。


「そこに座ってください」

一応足の踏み場はある。食卓のところもキレイにされていた。

大人しく待っていると少女が大皿を持ってきた。

「どれくらい食べますか?」

少女が持ってきた大皿(少女の胴三倍くらいある)には野菜がたくさんのクリームパスタが入っていた。きっとここからよそってくれるのだろう。

「じゃあ3分の1ほど」

「足ります?」

少し遠慮していってみたがこれだけの量だ。少女は小柄で少食そうなため客を慮った結果この量になったのだろう。

「では3分の2ほど頂こう」

少女は頷くとまたキッチンの方に引っ込んだ。数分も経たないうちに戻ってきた少女の片手には先程より小さめな皿、もう片手には大きめのフォークを持っていた。

「はいどうぞ」

小さめの皿が目の前の置かれた。予想に反し皿にはもうパスタが入っている。不思議に思い少女を見るともう食べ始めていた。大皿の中身がみるみると減っていく。

足りますかという問いは少女基準であったらしい。魔王も食べ始めることにした。

「うまい…」

「ありがとうございます」

少女はもう3分の2ほど食べきっていた。魔王は変な対抗心を燃やしつつ食べ進める。結局のところ少女のほうが先に食べ終わった。


「助かった…感謝する」

魔王は少女に礼を述べた。

「いえ、そんな」

少女は謙虚に首を降る。いくら魔王が人間に魔法で化けていたとして道端に転がっていてはただの不審人物であろうに。

「ついでだったので…」

少女がボソリと付け足す。その顔の無表情さも相まってか、えらく淡々と聞こえる。


え…?ついでとは?

「お買い物のついでです」

顔に出ていたのか少女が言う。

「行きにも見たんですけど、そのときは急いでたので」

「え…?」

「近くの都市まで行かないとなかなか物が売ってなくて…」

少女がため息をつく。いかにも普通にいそうな田舎村娘らしい悩みだが明らかに他と違う点がある。

ここらへんに来るまで馬車は1台として見なかった。近くの都市と言うと魔王が昨日まで居たところだろう。ここからそこまで徒歩で行くなら、屈強な兵士でも1日はかかりそうだが…

それに行きにも見たって…一度スルーしているということでは?え…?

「寝ているだけっぽかったので」

「そ、そうか」

(我輩じゃなかったら、盗人か魔物にでも襲われてるぞ…)

魔王は少女が少し周りとズレているだろうことに気づいた。 

「…そ、そういえば両親は働きにでも出ているのか?」

話題を変えるべく話を振る。少女は形の良い眉を寄せ瞳を伏せた。

思いもよらなかった反応に魔王は慌てる。

(えっ、何?触れてはいけなかったてきな…?)

「すまん…無遠慮だった」

「いえ、お気になさらず」

この家の惨状を見れば保護者がいないことは察せたばずなのに。

「父も母も魔物に…っ!」

少女が急に目を押さえた。

「っ…!」

「大丈夫か…!?」

少女の蜂蜜色の瞳は涙に濡れていた。

(もしや…両親は亡くなっているのか…?)


この話の流れだと魔物に殺されたのだろうか。

魔物とは人語を介さない生物である。比較的凶暴な性格のものが多く自分より弱い生物を狙う習性がある。

確かに魔族の中には魔物を従えるものもいるが、魔物というのは魔王の配下ではない。普通の動物と同じだ。

しかし人間たちは魔物は魔族が従えるものというのが共通認識だろう。


魔王は居た堪れなさを感じた。

直接的ではないにせよこの少女からすれば魔王も親の敵であろう。

「……」

「すみません、突然…」

「いや…その」

少女の頬を涙が伝う。白い髪と無表情な顔が少女を儚く見せていた。

(こんなか弱い少女が一人で…)

「目にほこりが入っちゃって…」

「ん?」

「やっぱり目が大きいからですかね。掃除も長いことしてないし…」

ゴシゴシと粗雑に目元をこする姿からは先ほどのか弱さが霧散していた。

「え…?あの、両親は魔物に…」

「あっ、その話でしたね。家の両親本当に自由奔放で魔物が好きすぎるからって旅に出ちゃったんです」

「えー…」

「私は故郷が好きなので一人残ったんですよ」


…そうか、家族揃って少し…いや、だいぶズレてるのか。魔王は思わず遠い目をして天を仰ぐ。

(なんか我輩も魔王城()が恋しくなってきた…)


「…そろそろ帰ろうかと思う…世話になったな」

「そうですか…お気をつけて、なんて必要ないですね」

「…?」

少女の言葉に引っかかりを覚えた。

「…?黒い髪に赤の瞳って魔族ですよね」

「えっ?」

さっと髪に手をやり目を向ける。そこには見慣れた漆黒の髪がある。

「…………」

(いつ…?いつ解けたんだ、魔法!?)

「でも、片目が青だから違うんですか?」

気が動転していたが少女の不思議そうな声に現実に引き戻される。

なんというかこの少女を見ていると慌てている自分が恥ずかしくなってくる。

「魔族と分かっていて家にあげたのか?」

「いえ?確かに普通の人と違う感じもしましたけど」

なら、この家に来てから魔法が解けたのか?本当に心当たりが無い。それに目の前で髪色とかが急に変わったら普通驚くものじゃないだろうか。

「もし、また魔法を使うなら家の外でしてくださいね。この家私と家族以外、魔法使えなくなってるので」

「…そうか」

もう、驚くまい。魔王は少し疲れてきた。



「それじゃあ、そろそろ本当に失礼する」

「ええ、また来てくださっても構いませんよ」

家の外で二人はそう交わす。

滅多に抜け出すことは出来ないが、また話ぐらいしに来てもいいかなと魔王は思った。

「最後に名を聞いてもいいか?」

どうせまた来るのだ。名前くらいきいた方が良いだろう。

「マリー・アウルムです」

「マリーか、我輩はニゲルだ」

「…では、またニゲルさん」

「ああ、今度礼も兼ねて何か持ってくるとしよう」

魔王の足元で魔法陣が輝く。小さく頷いた少女を最後に、魔王の視界は見慣れた自室に変わっていた。

「我輩に臆さない人間は久方ぶりだな…」

それに、敵意を抱かない瞳というのはもっともっと昔のことだ。

…、いや、つい数十年前に一度あったか。あれは灰色の髪の少女だった。もっとも今日の少女と違って表情豊かであったが。

「魔法の訓練でもするか…」

これでも魔王であるから強いのだ。気が抜けていたとはいえ、一般家庭の保護結界に魔法が破られたとあっては示しがつかない。

地味にプライドが傷ついていた魔王であった。

「次は家の中で魔法でも使って驚かせてみるか」

今回は力が封印された後でも退屈しなさそうだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「マリーちゃん、ほらまた国のお偉いさんが来てるよ」

「…またですか。ありがとうございます、イレさん」

マリーは目の前の老婆に礼を言い、村の門のところまで歩いていった。

「お久しぶりです」

「お久しぶりです()()()

勇者と呼ばれたマリーの眉が不快そうに寄せられる。そのことに気づいていないのか、見ていないフリをしているのか王からの使いは淡々とマリーに手紙を渡した。

「陛下からの勅令です。来てくださいますよね」

「…………」

マリーは手紙を読み終え、さらに不快さを顔に滲ませる。それでも小さく頷いた。

「ええ…行きましょう」



続編も書く予定です(^^♪


誤字には気をつけていますが、もし見つけた場合は報告していただけると嬉しいです。(^^)v

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