表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/83

西の塔の秘密④

 日差しが気持ちいい日の昼前。ミラは小さな窓ガラスの隙間から聞こえる音にじっと耳を傾けている。


「テルニ、おそとがとってもたのしそうよ」


 遠くのほうで聞こえる音に耳をすませていたミラは、ふり返ってベッドのシーツを整えているテルニに聞いた。


「おまつり?」

「外国の賓客を招いて一昨日から祝賀会が行われているのですよ。確か、本日はパーティーが行われているはずです」

「しゅくがかい? それはなんのおまつり?」

「お祭りではありません」


 作業の手を止めたテルニがミラの横に立ち、宮殿内で最も大きな建物を指さした。


「王宮で厳粛な催し物が行われているのです」

「なぁんだ、おまつりじゃないのか」


 テルニはクスッと笑ってミラの髪をなでた。


「お祭りだったら楽しいでしょうけどね」


 毎年ツノありの国々が持ち回りで行う祝賀会は、ツノありの繁栄を祝うもので、一年で最も盛大に行われる催しだ。その祝賀会を今年はクラフィール王国が行う番で、ほかのツノありの国の賓客以外にツノなしの国からも客が招待されている。


 とはいえ、ツノなしがこの祝賀会に招待されるようになったのは二十年くらい前からで、招待されている国もごくわずかだ。


「おまつりじゃないのに、たのしそうなおんがくがながれているの?」

「今日開かれているのはパーティーですから」

「パーティーかぁ」


 これまで何度も王宮ではパーティーが開かれているが、ミラはそれがどんなものなのか想像することもできない。ただとてもキラキラしているということだけは知っている。


「いってみたいなぁ」


 きれいなドレスを着て、おいしい料理を食べて、パートナーと手を握ってクルクル回るのがダンスなのだそうだ。

 クルクル回ったら、目がグルグル回ってしまうけど大丈夫なのだろうか? きっとみんなグルグル回っても大丈夫なように訓練をしているのだろう。大変だ。

 

「ちょっとだけみたいなぁ」


 そうしたら、想像して楽しむことができるのに。


「もしミラさまの存在を知られれば大変なことが起こりますから、絶対にお姿を他人に見られてはいけません」

「わかってるもん……」


 これまではただ漠然と、塀の向こうに行ってはいけないのだ、と理解していたが、実はそれにはちゃんと理由があって、それがツノのせいなのだと知ってしまったとき、ミラはかなしそうな顔をして唇をぎゅっと結んでいた。


 ツノが生えているから。


 たったそれだけの理由で、塀の向こうに行くことができないと知ったのはつい最近だ。それまで、自分の容姿がテルニと違うことに気がついてさえいなかったミラは、自分以外にツノが生えている人がいないという事実に首を傾げていた。なぜなら、ミラはテルニ以外の人間を目にしたことがなかったから。


 テルニは小さく息を吐いた。


 望んでもそれを得ることができないという事実に慣れてしまっているミラは、無理なわがままなど絶対に言わない。それが彼女にとって正しい選択であるとテルニも理解はしているが、やはりその運命を憐れに思ってしまう。


「今日は特別に、お庭までなら出てもいいことにしましょう」

「ほんと?」


 普段、なにか大きな催しがあるときは庭に出てはいけないと言われているのに。


「ここに人が来ることはありませんし、少しだけなら問題はないでしょう」


 テルニが優しく微笑むと、ミラは大きく飛びあがってテルニに抱きついた。


「ありがとう、テルニ!」

「その代わり必ずマントを羽織って、フードを被ってくださいね」

「わかってる!」


 ミラはそう言うとクローゼットから黄土色のマントを出してきて、ニコニコしながらそれを羽織った。フードはツノのせいでずいぶんと盛りあがっているが、テルニが布をつぎ足して大きくしてくれたので目のあたりまでしっかりと隠れている。


「ちょっといってくる」


 そう言うとミラは部屋を飛びだしていった。


「あらあら。忙しいこと」


 テルニがクスクスと笑う。


 西の塔は宮殿内でも特に奥まった場所にあって、大人の背の四倍はある高さの塀に囲まれているため日がほとんど当たらず、昼間でも薄暗く建物内はひやりとしている。


 塔はずいぶん前から地下牢としての役割を果たしておらず、ここに目的を持ってやってくる人はいない。外から中をうかがい知ることはできず、木で作られた古めかしい扉の向こう側には、守衛という名の見はり兵が立っていたり立っていなかったりする。


 その塀に囲まれた小さな庭に腰を下ろしたミラは、かすかに聞こえる演奏に耳をすました。どんなふうに演奏しているのか想像することは難しくても、うつくしい音楽を聞きながら人々が楽しそうにクルクル回っていることは想像できる。


「おんがくがすごーくはやい。きっと、ダンスもクルクルまわってたいへんよ」


 ドレスをふわりと広げながら高速回転をしている人たちを想像してみる。


「クルクルクルクル……」


 すくっと立ちあがったミラは、短めのドレスの裾をつまんで、おもむろにその場で回転をし始めた。徐々に勢いをつけて、クルクルと回るとだんだん目が回ってきて体がふらつき、足がもつれてその場に倒れこみ、そのまま仰向けになって空を見た。ちょっと楽しくなってクスクスと笑う。


「めがまわるぅ」


 グルグルと世界が回るのを見るのは楽しいけど、これに耐えつづけるのはちょっと大変かも。


「……ミラもダンスをおどりたいなぁ」

「ねぇ」

「え?」


 突然聞こえた声に驚いて、勢いよく起きあがった。しかし誰もいない。


「ねぇ、誰かいるの?」

「あっちからだ」


 塀の向こうから声が聞こえる。


 ミラは急いで塀まで行って、冷たく黒ずんだ石畳の塀に耳を当てる。しかし、声を出すことはしない。ここにミラがいることを知られてはいけないのだ。


「ねぇ、いるんでしょ? 声が聞こえたんだから」


 塀の向こうの声が少し強い口調で聞いてくる。


(ど、どうしよう)


「命令よ! すぐに答えなさい!」


(め、めいれい? めいれいってなに?)


 命令の意味がわからず、緊張していたミラの心臓がますます大きく動く。


「早くしないとお父さまに言いつけるわよ!」


(このひと、おこってる?)


「もういいわ! お父さまに言いつけてあげるから!」

「ミラ!」


 ミラが慌てて自分の名前を言った。塀の向こうから声は聞こえないが、なんとなくこちらに近づいてきたような気がする。


「あたし、ミラ」

「……あなた、ミラっていうの?」

「う、うん」


 心臓をドキドキさせながら、ミラがうなずいた。


「ここでなにをしているの?」

「ミラはここにすんでるのよ」

「ここに? 住んでいる?」


 塀の向こうの声が疑うような、信じられないとでも言いたげな声で聞きかえした。


「そうよ、ミラはずっとここにすんでるの」

「あなた女の子なの?」


 塀の向こうの声がミラに聞く。


「そうよ。あなたは? あなたもおんなのこ?」

「ええ、そうよ。私はこの国のお姫さまよ」


 それを聞いてミラの瞳が輝いた。


「おひめさま? もしかしてきれいなドレスをきた、かわいくてすてきなおんなのこのこと?」

「フフフ、そうよ。私はこの国で一番すてきな女の子よ」

「わぁ! すごい! ミラ、おひめさまにあいたいってずっとおもってたんだぁ」


 ミラの大好きな本にも出てくるお姫さま。かわいくておしゃれでとても優しい女の子だ。


「そう。でも残念ね。この塀のせいで、私のきれいなドレスも、私のきれいな金色の髪も見ることができないなんて」

「あなたのかみはきんいろなの? ミラはぎんいろよ」


 そう言ってミラは自分の髪の毛を見た。いつもテルニが手入れをしてくれるため、日の光を受けてつやつやと輝いている。


「そう。あなたは私のお母さまと同じ色をしているのね」

「あなたのおかあさま? おかあさまはぎんいろのかみをしているの?」

「ええ、そうよ。私が生まれて少ししてから亡くなってしまったんですって。だから私は肖像画しか見たことがないけど」

「しょうぞうがかぁ。それはざんねんだね」


 肖像画がどんなものかはわからないけど、きっとそこに女の子のお母さまがいるのだろう。


「それで、あなたはなぜこんな所に住んでいるの?」

「……しらない。ミラはずっとここにすんでるから」

「そう。……それなら、あなたのお父さまとお母さまもここに住んでいるの?」


 ミラは初めてそんなことを聞かれて驚いた。まさか自分にも父親と母親がいるなんて考えたことがなかったからだ。


「いない。あたしにはテルニだけよ」

「テルニ?」

「ミラのおせわをしてくれる、だいすきなひとよ」

「ふーん。そのテルニていうのがあなたの家族なのね」

「かぞく?」


 お世話をする人のことを家族というのか、と初めて聞いた言葉に驚くミラ。これまでテルニはテルニで、どんな人なのかということを考えたことがなかった。


(そう、テルニはかぞくっていうひとなのね)


「――だから。でも、つまらないからパーティーを抜けだしてきたの。だって、子どもはお庭でお話をするだけなのよ」

「え? なに?」


 女の子が言っている言葉がはっきり聞きとれず、ミラが聞きかえした。


「あっ! いけない、見つかっちゃったわ。私もう行かないと」


 塀の向こうの女の子が少し慌てている。


「え? いっちゃうの?」

「ええ。それじゃ、ばいばい」

「あ、まって。おひめさまのおなまえは?」


 しかし、いつまでたっても女の子からの返事はなかった。


「いっちゃった。……おひめさまかぁ」


 テルニ以外の人の声を初めて聞いた。しかもお姫さまだ。


「きょうはとてもすてきなひ!」


 ミラは頬を染め両手で口を覆ってクスクスと笑いだした。


「おひめさまとおはなしをしちゃった。あぁあ、おひめさまのすてきなドレスをみたかったなぁ。きっとキラキラしていてとてもかわいいのよ」


 ミラは興奮して草の上に寝ころがった。


「おひめさまはパーティーにいっていたんだ。それでダンスをして、つかれちゃったのかも。だって、ダンスはクルクルまわるんだもん」


 ミラは空を見つめて大きく息を吐いた。


 こんなにすてきな出来事なのに、テルニに言うことはできない。だって、お姫さまとお話をしたなんて言ったら、テルニがびっくりしてしまう。だからすごく言いたいけど絶対に内緒。ミラだけの秘密だ。


「ひみつかぁ」


 なんて魅力的な言葉だろう。それにとてもドキドキする。でも、頬が緩んで思わずクスクスと笑ってしまう。


「またきてくれるかな?」


 ミラはのんびりと浮かんでいる雲を見つめ、それからググッと腕を頭の上へと伸ばして、力を抜くのと同時に大きく息を吐いて、再び雲を見つめた。



読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ