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動く⑦

 シベルツの執務室に呼びだされたイグナーツ。


「アヴィリシア王国から招待状?」

「ああ」


 イグナーツはシベルツから渡されたパーティーの招待状を見て、眉間にしわを寄せた。


「ディクソン王子の誕生パーティー……」


 ディクソンは両国に大きな溝を作った元凶だ。その男の誕生パーティーの招待状なんてよく送ってきたものだ。


「誕生パーティーが終われば次は結婚が控えている。彼にとってはこのパーティーで存在感を出し、結婚、立太子、とその後に控えている大きなイベントの助走をつけたいのだろう」

「なるほど」

「べつに行く必要はないが……」


 実はこれまで、ツノなしがツノありのパーティーに参加したことはあっても、ツノありがツノなしが開催するパーティーに参加したことはない。つまり、対外的に歩みよりの姿勢を見せているのはツノなしのほうで、ツノありはツノなしほど積極的とは言えないのだ。


 そのため、今回の招待もこれまでどおり断ったとしても問題はない。それなのにシベルツがわざわざイグナーツを呼びだして招待状のことを口にしたということは、シベルツがイグナーツに期待している言葉があるのだ。


「……招待に応じましょう。私が行きます」

「そうか……」

「これを機にアヴィリシア王国との関係を変えなくてはなりません」

「……すまないな」


 イグナーツの言葉にホッとした表情を見せるシベルツ。


(やはり私が行くと言うことを期待していたのか)


 彼の国のクラフィール王国に対する印象は最悪だろう。それに、ツノありがパーティーに出席すれば、好奇の目に晒されることになるはず。それをわかっていても、シベルツは今回のパーティーにイグナーツを出席させようとしているのはなぜなのか。


 両国のあいだにある溝を埋めるためか。それとも、エレンティアラの代わりに送りこまれた娘の様子が気になるのか。


(後者は……考えにくいな……)


「私がパーティーに出席することは、両国、延いてはツノありとツノなしにとって意味のあることになるでしょう。それに、彼の国が我が国に対して、なんらかの責任を追及してくることはないはずです」


 誕生パーティーのあとにはさらに大きなイベントが控えているというのに、国家間の問題などあっていいはずがない。それにツノありがパーティーに参加すれば、ディクソンにとって損はない。ツノありにも影響を与える力があるという証明になるのだから。


 だから心配をする必要はないし、心配もしていないとイグナーツは言う。


 そんなことより、イグナーツが関心を持っているのは一人の少女のこと。

 

(あの子に会える)


 名前も知らないもう一人の妹に。


 口角がわずかに上がり、頬が緩むのを必死に隠しているつもりのイグナーツ。しかし、シベルツには簡単に見やぶられてしまった。


「余計なことはするな」

「え?」

「アレはすでにあちらの人間だ」

「だから、なんだというのです。あちらの人間になっても、私たちの家族であることには変わりないではないですか」

「イグナーツ!」


 声を荒らげるシベルツに冷めた視線を送るイグナーツ。たとえ尊敬する父であっても、妹を蔑ろにしたことはいまだに許すことができない。


「私は、妹に兄と名乗るつもりです。名乗らなくても、私がクラフィール王国の王太子だと知れば兄であることはわかるでしょう」

「なに?」

「そして、私は彼女に許しを請うつもりです」

「それで?」

「もし妹がつらい思いをしているのであれば、どんな手を使っても連れかえるつもりです」

「ばかな」


 シベルツは鼻で笑い、イグナーツを鋭く睨みつけた。


「いまさら許しを請うだと? 連れかえるだと? いったいなにを言っているんだ? さらに両国間の関係を悪化させるつもりか? だいたい、連れかえってどうする? また西の塔に閉じこめておくのか?」

「そんなことをするはずがありません。私の妹ですよ?」

「お前の妹はエレンティアラだけだ」

「父上!」


 これまで妹姫のことで、シベルツとイグナーツは何度もぶつかっていて、二人の意見は平行線で、歩みよることもどちらかが折れることもないまま二年がたっている。


「お前が考えを改めないのであれば、お前をアヴィリシア王国に行かせるわけにはいかない」

「エンディガに行かせるというのですか?」

「もちろんその可能性も十分ある」

「っ……」


 イグナーツは一瞬険しい表情を見せたが、すぐに小さく息を吐いて普段の表情に戻した。


 誰を参加させるかの決定権はシベルツにあり、イグナーツはその決定に従うしかないのだ。それなら言いあらそいを続けより、自分の態度を改めるほうが簡単に話を進めることができる。


「……申し訳ありません。私が軽率でした。やはり、どうしても妹を犠牲にしてしまった思いが強く。しかし……父上のおっしゃるとおりです。妹はもうあちらの人間。私がどうこうするようなことではありません。反省しています。……私は、父上の意向に従います」


 シベルツはイグナーツの言葉の真意を見きわめんと、注意深く彼を見つめ、それから大きく息を吐いた。


「私こそすまなかった。今、我が国とアヴィリシア王国はとても微妙な関係にある。そのせいで、ずいぶんと神経質になってしまっているようだ」

「父上のお気持ちは痛いほどわかります。私としても、これ以上両国のあいだで余計ないざこざなど起こしたいと思ってはおりませんし、なにより……唯一の妹であるエレンティアラを、傷つけることだけは避けたいと思っております」


 イグナーツが唯一の妹と言った言葉に安堵し、笑顔を見せるシベルツ。


「ああ、そうだ。エレンティアラはお前たちにとって唯一の妹で、私のただ一人の娘だ。その大切な存在を傷つけるようなことがあってはならない」

「……もちろんです」


 イグナーツは笑顔でうなずきながら、ぎゅっと拳を握った。


(やはり、父上とわかりあうことはできないのか)


 シベルツは完全にもう一人の娘をいないものにしたのだ。そして、それをイグナーツ達にも望んでいる。そんなことできるはずもないのに。


(こんなふうに互いの腹を探りあい、騙しあいながら心にもない言葉を吐くことになるなんて想像したこともなかった。父上と決別する日が遠くない未来に来るかもしれない、なんてこと考える日がくるなんて)


 自分たちは仲のいい親子だったと思っている。それは今も変わらない。でも、無条件の信頼は様子を変えて、信頼に不信が寄りそうという矛盾。危うさとか脆さとかそういった言葉が今の自分たちにはぴったりだ。


(不快だな。すごく不快だ)


 今ではシベルツに対する尊敬もそれほどでもない。それどころか失望のほうが多くの割合を占めているかもしれない。しかも、その失望の原因がパステルに対する異常なまでの愛なのだと思うと、イグナーツの心境としては複雑だ。


 シベルツはパステルを深く愛し、その愛を貫くために今日まで新たに王妃を迎えることなくやってきた。子どもの立場で言わせてもらえば、ほかの女性に目を向けることなく、ただ母のことを一途に愛している父は自慢であり、誇りでもあった。


 でも新たに王妃を迎えないというのは、決して褒められた行動ではない。なぜならシベルツのパステルに対する愛と、王妃という存在は別物だからだ。


 王妃とはこの国で最も高貴な女性であり、王妃としてその場に立っているだけで意味がある特別な存在だ。そんな、王妃の座を空席にすることなどあってはならない。愛を理由に新たに王妃を迎えないなんてことあってはならないのだ。でも、シベルツはあってはならないことをしている。


 シベルツのパステルに対する感情は、愛なんて言葉で片づけられるほどうつくしいものではない。もう、イグナーツはそれを知っている。


(幼いころはそれが普通だと思っていたが、それは間違いだったんだよな。父上の母上に対する愛は、執着という異常性を秘めていたんだ)


 その異常な愛のせいで犠牲になった名前も知らない妹。だからイグナーツが許しを乞わなくてはならないのだ。そして、家族として信頼を築かなくてはならないのだ。


(でも、妹は家族を許してくれるだろうか……。いや、きっと許してくれるはず。私が家族だと言えば、きっと喜んでくれるに違いない)


 イグナーツの胸が期待に膨らむ。


「――それから、エレンティアラには誕生パーティーのことは伝えるつもりはない」


 少しのあいだ、名前も知らない妹との感動的な出会いを想像していたイグナーツは、エレンティアラの名前を耳にして、はたとシベルツに視線を戻して、まじめな顔した。


「ええ、それがいいでしょう」

「やはりお前もそう思うか」

「ええ」


 イグナーツがうなずく。


(もしうっかりエレンティアラの耳に入ってしまえば、怖がって泣いてしまうかもしれない)

(もしうっかりエレンティアラの耳に入ってしまえば、自分も行くと言いだすかもしれない)


 イグナーツとシベルツはまったく違うことを考えていた。


「……ティアは、……いや、なんでもない。……長く引きとめて悪かったな」


 シベルツがそう言うとイグナーツは「いいえ」と首を振り、踵を返すと執務室をあとにした。その背中を見おくったシベルツは、背凭れに背中を預け、天井を見つめて大きく息を吐いた。


 ティアは、本当にあの公爵子息のことを好きなのだろうか? なぜ、あんなに執着をしているのか? そう聞こうとしてやめた。なぜだろうか。聞いてはいけないような気がしたのは。




読んでくださりありがとうございます。

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