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アマンダの襲来①

 ミラが十日に一度訪れる休日を、本を読みながらのんびり過ごしていた日の午後。突然、窓の向こうが騒がしくなったことに気がついて外を見ると、派手な身なりをした女性と、女性の前に立ちふさがるカサブランカの護衛騎士の姿が見えた。


 胸元が大きく開いた藍色のきらびやかなドレスに身を包んだ女性の首には、大きな宝石のついたネックレス。両耳に重そうな金のイヤリングを着け、豪奢な指輪。女性の後ろには国王直属の近衛騎士が三人。


 その様子を見て、きっとすごくえらくてお金持ちなんだろうなぁ、なんてことをのんきに考えながら部屋を出たミラは、その足でカサブランカのもとに向かった。


「私を誰だと思っているの! 早く中に入れなさい!」


 扉の前に立つ護衛騎士に向かってヒステリックに喚いているのは、側妃アマンダ。


 アマンダがカサブランカの宮に足を運んだことなんてこの九年間で二回しかない。どんな理由で来たかは忘れたがとにかくたった二回だ。それが今になってなぜやってきたのか。そして、なぜあんなに醜い顔をして叫んでいるのか。


 実は、先日アマンダのもとにある書類が届けられた。次年度、アマンダに支払われる品位維持費の総額が書かれた予算表だ。が、そこに書かれていたのは、これまでの半分にも満たない金額。


 その理由は、『側妃に支払われる品位維持費は、王妃に支払われる品位維持費の三分の二と定める』とされているからだという。


 これまで一度だってそんな理由で予算を減らされたことなんてなかったのに? むしろいつも予算をオーバーするため、毎年上乗せされていたくらいなのに?


 どう考えても嫌がらせとしか思えない。もちろん宮殿内でアマンダにそんなことをする人間なんて一人しかいない。王妃カサブランカだ。それに、宮殿内の予算の最終的な決定はカサブランカがしている。間違いない。


 怒りで顔を真っ赤にしたアマンダは、手にしていた予算表を丸めて床に叩きつけ、王宮を飛びだしてここまでやってきたのだ。


 ミラがカサブランカの部屋に行くと、カサブランカは優雅に紅茶を飲んでいた。


「ブランカさま」

「あら、ミラ。どうしたの?」

「いえ、外が騒がしいので。あの方は?」


 ミラが聞くと、カサブランカはチラッと窓のほうを見た。


「アレがディクソンの母親で、側妃のアマンダよ」

「あの方が……」


 ミラが窓の外を見ると、なぜか近衛騎士が二人地面に倒れている。


「何事でしょう?」

「さぁ?」


 今日、宮の扉を守っている護衛騎士はマッカスとベンジャミン。マッカスはすらりとした細身の美形で、ベンジャミンはがっちりとした野性味のある男。


 実はアマンダの指示で強引に宮に入ろうとした近衛騎士たちを、ベンジャミンが投げとばして阻止したのだ。


「いい加減にしなさい! 私にこんなことをしていいと思っているの? 早く王妃を呼びなさい! 私は側妃よ! あなたたちなんて簡単に処罰することができるんだから!」


 アマンダは真っ赤な顔をして二人に詰めよったが、二人はまったく引く様子がないどころかアマンダを鋭い視線で見つめている。


「何度いらしても、王妃殿下にお会いになることはできませんのでお引き取りください」


 マッカスはていねいに頭を下げ、しかし断固とした態度でアマンダを拒否する。


「王妃殿下!」


 アマンダが宮に向かってカサブランカを呼んだ。


「あまりに幼稚で、ひどく陰湿ないやがらせだわ。いくら私が憎いからって、あんな卑怯な手を使うなんて! まともにご自身の役割もはたしていないくせに、こんな姑息ないやがらせをして、陛下に見かぎられても仕方がありませんわよ!」


 肩で息をしながら宮殿中に響きわたるような声で叫ぶアマンダに、マッカスとベンジャミンがぎょっとした。とはいえ、側妃の体に触れることはできないため、強引に追いだすこともできない彼らにできることといえば、扉の前に立ちはだかり、鋭くアマンダを睨みつけることくらいだ。


「フン! お飾りのくせに偉そうに!」


 視線をマッカスとベンジャミンに戻したアマンダは、真っ赤に塗った唇の端をぐっとあげた。


「あなたたちにはここがお似合いよ。精々、しみったれたこの場所で、出世もできず空しく人生を終わらせればいいわ。ざまぁみろ!」


 アマンダはそう言ってマッカスの顔に唾を吐いて、その場をあとにした。その後ろ姿を見おくるベンジャミンは呆れ顔。


「おいおいおいおい……品がないねぇ」

「ベンジャミン、あれでも側妃だ。迂闊なことは言うな」


 マッカスはギロッとアマンダが去っていったほうを睨み、顔にかかった唾を拭う。ベンジャミンは小さく首をすくめた。


「ミラ、マッカスにすぐに顔を洗うように言って」


 外の様子を見ていたカサブランカが言うと、ミラは「はい」と返事をして部屋を出ていった。ミラが部屋を出ていって、ドアが完全に閉まったのを確認したカサブランカがボソッと呟く。


「あのクソビッチが……!」


 思わず心の声が漏れでてしまう。


 側妃に与えられる品位維持費は、王妃の品位維持費の三分の二。十分必要なものを買える金額だ。

 それなのに、パーティーを開くための費用が足りない、購入した装飾品が予算をオーバーしているなど、アマンダは予算内で収める努力をしなかった。


 そのため毎年少しずつ予算を上乗せしなくてはならなくなり、今ではカサブランカよりよほど多くの品位維持費を受けとっている。


 カサブランカの場合、人前に出なくなり装飾品やドレスにあまりお金がかからなくなったため、自ら予算を減らしたのだから、アマンダより少ないのは当然と言えば当然なのだが。


 それにカサブランカの代わりに表に出るようになったアマンダには、カサブランカと同じくらいの金が必要になることも確か。だがアマンダに充てられている品位維持費は、本来王妃が受けとるはずのそれよりずっと多い金額だった。


「でも、そろそろ正しい状態に戻さないとね」


 王妃の品位維持費の三分の二ということは、王妃の受けとる金額が変われば側妃の金額も変わるということ。


 現在カサブランカは、宮にこもる前まで充てられていた品位維持費の半分をもらっている。ということはその金額の三分の二なのだから、アマンダが受けとる金額はこれまでの半分以下ということなのだ。


「フフフフ、そりゃ、怒りたくもなるわよね」


 目のはしをつり上げ、真っ赤な顔をして喚きちらすアマンダを思いだして、カサブランカが楽しそうに笑った。


読んでくださりありがとうございます。

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